――――幸せ。
それは、一体どんなものなのだろうか?


時折、私はそんな疑問を抱いてしまう。
人が幸せだと感じる瞬間。それはその人それぞれで違う。
身近なところで言えば、鈴凛くんは発明品が上手くいった時、亞里亞くんはお菓子を食べている時。
花穂くんは育てている花々が綺麗に咲いた時。可憐くんは好きな音楽を聴いている時。
このように、人が何を『幸せ』だと感じるのかは、その人によって異なっている。
それは当たり前だとは思う。人が何を感じ、何を求めているのかはその人次第なのだから。
だが、私は思う。



人が感じる身近な幸せ。
それは、愛する人と過ごしている一時。



誰にだって、愛しい人や想い人は存在するだろう。
親兄弟、子供といった家族や、恋人や先輩後輩などといった身近な人。
それが誰なのかはその人次第だが、必ずそういった対象になる人物がいるはずだ。
同時に、自分がそう想っているのだから、必ず自分に対してそう想ってくれる人もいるはずだ。
大切に愛しく想っている人がいる反面、同じ位自分の事を大切に愛しく想ってくれる人がいる。
そして、そんな人と過ごす細やかな一時。それこそが身近にある幸せではないだろうか?

ただ、多くの人々はそれに気づいていない。それは何故か?
答えは簡単だ。そんな人と過ごす一時が、既に当たり前のものになっているからだ。
幾ら尊い幸せといっても、それが当たり前になった瞬間、それは既に『幸せ』だと言い難い。
悲しいが、人は飽きやすい生き物だ。一度飽きてしまえば、次のものを求めてしまう。
故に普段から愛しい人と過ごしていると、その事が当たり前になってしまい『幸せ』だと感じなくなってしまう。
人が本当に幸せだと感じるものが、実は身近にあるという事をわからず生きていいるのだ人は。


その心理に、私が気づいたのはごく最近だ。
私にも何よりも代えがたい、誰よりも愛しい想い人ができたからだ。そう――――


「…………四葉くん」

「チェキ? 何デスか、千影チャマ」

四葉くんがいてくれるから。
私は、私の膝の上に腰掛け身体を預けている四葉くんの名を呼ぶ。
彼女は私に突然呼ばれ、『?』マークを浮かべながら首を傾げる。
そんな仕草ですら本当に愛らしく思えてしまう。やはり、四葉くんは私にとって特別な存在だ。

「いや…………何でもない。ただ…………名前を呼んでみたくなっただけさ…………」

「チェキ? ヘンな千影チャマ♪」

そう言う四葉くんは、とても嬉しそうだった。
私に名前を呼ばれた事、私とこうしている事が、彼女も嬉しくて心地よいのだろう。

「フッ…………確かにそうかもしれないね…………」

しかし『ヘンな千影チャマ』か。
確かに今の私はどこかおかしい。とても悲観的で弱気になってしまう。
こうして四葉くんとの至福な一時が、突然崩れ去ってしまう。そんな考えが頭を過ぎってしまう。
今までそんな悲観的な考えた事はなかった。何故なら私達はずっとずっと一緒にいると誓ったから。
だが、人の一生は短いようで長い。その間に何が起こるか、全く予想する事はできない。
咲耶くんと鞠絵くんがまさにそれだ。私達家族は、誰もがあんな悲しい結末になるとは思ってもいなかった。
きっと鞠絵くんは助かる。無事に退院して、咲耶くんと幸せに暮らす。そう思っていた。
だが、運命とは残酷なもので、それが現実になる事はなかった。

今、私が弱気になっているのは、咲耶くんの影響だろう。
この前、彼女に付き添って鞠絵くんの墓参りに行ってから、私は弱気になっている。
当たり前とも思えるこの幸せが、実はいつ崩壊するのかわからない儚いものだと痛感した。
不安でいっぱいだ。私は四葉くんと過ごすこの一時が、私の幸せがいつまで続くのか不安に駆られる。


崩壊の要因は無数にある。
例えば、咲耶くんと鞠絵くんのように死別による崩壊。
それは病気によるもの以外にも、事故や事件に巻き込まれてしまう可能性がある。
今の世の中、安全という存在は最も遠いものとなってしまっている。
考えたくはないが、いつどこで四葉くんがそういった事に遭遇するかわからない。
勿論、それは私にも同じ事が言える。私とて人間だ。死を防ぐ事は不可能だ。
『死』というものは、全ての存在に訪れる防ぎようのない崩壊なのだ。

そして、他にも…………考えたくはないが、崩壊の可能性はある。
ある意味、それが一番可能性があるかもしれないが、一番可能性がないかもしれない崩壊。
定かではない。私には予期する事も防ぐ事も、正直なところ難しいだろう。
何故ならそれは、四葉くんの気持ち次第。そう。もし四葉くんに嫌われてしまえば、この幸せは崩壊する。



…………考えたくもない。
今の私は、四葉くんという存在があってこそ成立している。
日々の日常に対して無意味無関心な気持ちでいた私。もし彼女を失えば、再びそんな私に逆戻りだ。
否。寧ろ四葉くんを失ったショックから、絶望の奥底に堕ち、死人のような存在に成り果ててしまう恐れがある。
全てに絶望し、生きていく希望を見出せず、そして死を望む。そう。鞠絵くんを失った咲耶くんのように。



私と咲耶くんは、全くの対極な性格の持ち主だ。
今の彼女は気落ちしているが、元々明るい性格でとても社交的だ。
対して私は、物心がついた頃から言葉数も少なく、人付き合いも苦手な性格だ。
他にも様々な事は対極に位置する私と咲耶くん。だが、ただ1つ、私達には共通する点がある。
それは、大切な存在がいないと、自身だけでは生きる希望が見出せないという点だ。

咲耶くんにとって、鞠絵くんは彼女の全てだった。
とても大切で愛おしい存在。鞠絵くんの為なら全てを犠牲にしても厭わない。
それは、鞠絵くんのお見舞いに行っていた頃の咲耶くんの姿を見れば聞かずともわかる。
時間や金銭面、その他様々な事を犠牲にして、彼女は鞠絵くんに尽くしていた。
全ては鞠絵くんと、在り来たりな、だけど彼女達にとっては尊い『日常』という幸せを掴む為に。
だけど、運命がそれを許さなかった。鞠絵くんは旅立ち、咲耶くんは絶望の奥底に堕ちてしまった。
今の咲耶くんは生きる希望を失っている。『鞠絵』という存在が、彼女にとっての希望だったのだから。

そして、これは私にも同じ事が言える。
私にとって四葉くんは何よりも尊く愛おしい存在。私の全てだ。
彼女がいない日々なんて、想像もしたくない。私にとっては『無』といっても過言ではないのだ。





だから――――





「千影チャマ……? 泣いてるのデスか?」

四葉くんが首を傾げる。
その表情は少し不安げで、私の事を心配そうに見つめている。
無理もない。突然、私が涙を流したのだ。四葉くんが心配するのも無理はない。
だが、両の瞳から流れ出る涙は止まらない。拭っても拭っても、涙は溢れ出す。

私は怖いのだ。四葉くんを失う事が。
彼女は私の全てだから、失う事に恐怖を感じ酷く不安に駆られる。
普段の私ならそんな負の感情に流される事はないのだが、今この瞬間はダメだった。
先日の咲耶くんの一件で、四葉くんとの至福な一時がとても儚く脆いものだと痛感してしまった。
その所為で、私の心は酷く不安定に…………弱気になってしまっている。
だからちょっとした弾みで、恐怖や不安といった負の感情が我慢できずに溢れ出てしまう。今のように。

「…………すま…ない。どうしても…………涙が、止まらないんだ」

流れ出る涙は止まらない。
弱った心から溢れ出す、恐怖や不安といった負の感情が治まるまで止まらないのだ。
まるで幼子のように泣きじゃくり、私は四葉くんに醜態を晒してしまっている。
普段の私のイメージとはかけ離れた今の姿。幻滅してもおかしくはないはず。だけど――――

「いいんデス、千影チャマ。
 泣きたくなった時は、泣いてもいいデスよ」

四葉くんは、泣いている私を抱き締めてくれた。
とても優しく、とても温かく、まるで普段の私が彼女にしてあげるように。
そして、いつものような元気な声とは違う、どこか大人っぽさの篭った声で言葉を続けた。

「誰にだって、悲しい時や辛い時があります。
 それは人として当たり前デスから、恥ずかしがらなくていいデス。
 だから、泣きたくなったら泣いてください。千影チャマが落ち着くまで、四葉、ずっといてあげます」

その言葉が嬉しかった。
どのような慰めの言葉をかけられるよりも、私は嬉しかった。
今の私は何よりも四葉くんを――――彼女との日常を失う事を恐れている。
だから、四葉くんが傍にいてくれる。たったそれだけで、私にとっては何よりも幸福な事。
今こうして、彼女の温もりや優しさ、そして愛を感じられていれば私は何も恐れる事はないのだ。

「…………ありがとう。四葉くん」

愛しく尊いからこそ、人は幸せを失う事を恐れる。
同時に、失う事を恐れるからこそ、幸せというものは愛おしく尊いものなのだ。。

















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