『――。起き…さい、――』

――声が、聞こえる。
夢と現の狭間を彷徨っている私を呼ぶ声だ。
私はその声に聞き覚えがある。彼女の声を聞き間違えたりする訳がない。
何故なら、ほぼ毎日聞いている声だからだ。
私は、その声を敢えて無視し、このまま夢の世界へ居座る事にする。

「いい加減起きない!」


スパーーン!


…………居座るつもりだったのだが、
突然の怒鳴り声と共に脳天を襲って来た激痛により、それは果たせなかった。

「…………痛い」

「やっと起きた?
 全く、アタシの授業で寝るなんて………ホント人の気も知らないで」

頭がズキズキとする。
これは突然の覚醒に脳が付いて来れていないのか、それとも先程放たれた一撃の為か。
答えがわかりきった、限りなく無駄な二択問題だ。もっとも、問題自体無駄だが。
次第に痛みも引き、視界がクリアーになっていく。そして、最初に私の視界に入ったものは…………。

「…………目が覚めると、そこにはショタティーチャーの姿が」

「誰がショタよ! 誰が!」

――と、大声を挙げながらハリセンで私の頭を叩く女性。
名前を鈴凛と言う、私の通う学校で化学と物理担当兼クラス担任の先生だ。
ちなみに本人は否定しているのだが、見た目と性格が少々男っぽい――というかショタっぽい。
その事に対してコンプレックスを感じている為、彼女の前で口にしない方がいい単語だ。
口にしたが最後、今の私みたいに愛用のハリセン――どこに収納しているかは不明――で叩かれる。

「全く。夜更かしするのも勝手だけど、せめて授業中は寝ないように」

そう言って授業を再開する鈴凛先生。
だが、何か釈然としない。というのも、私は今まで授業中に寝た事はなかった。
幾ら今朝は夢見が悪く早く起きたとしても、睡魔に襲われる事はないはず。
しかし私は眠っていた。いつの間にかだ。睡魔を堪えた記憶もない。本当に急にだ。

それに今見た夢。
今朝とは違い、今度は鮮明に夢の内容を覚えている。
否。それはまるで夢を見たという感覚よりも、現として体験したような感覚。
夢と現が混ざり合い、どちらが私の世界なのかわからなくなる程リアルだった。
自分がいた部屋。肌に感じた衣服の肌触り。朝の冷たい空気。そして彼女の―――――温もり。
私の五感で感じるもの全てが、本当にリアルで夢とは思えなかった。

「…………だが、決定的に違う点がある」

小さく呟く。
それは誰かに聞いて貰う為ではない、自分自信で確認する為の言葉。
あの見た夢が、本当に夢なのだという事を、現の世界ではない事を確認する為の言葉。

私が見た夢は、本当にリアルで夢か現かわからない程だった。
ただ、1つだけ決定的に違う点がある。そしてそれがあるからこそ、アレが夢なのだと確信できる。
夢と現で決定的に違う点。それは私と四葉くんとの関係。

私と四葉くんは幼馴染。
ただ、幼い頃から一緒にいた為、どちらかというと姉妹のような関係に近い。
しかし、あの夢の世界では、私と四葉くんは本当の姉妹。それも想い人同士だった。
それが夢と現の世界を分ける境界だ。私達の関係とは全く違う。
故に私は、あれが夢なのだと確信できる。現では有り得ない関係故に。
そもそも同性で、更に血の繋がりがあるのにも関わらず、あのような関係になれるなんて…………。
それこそ非現実的、有り得ない現だ。

「…………しかし、何故あんな夢を…………?」

自問自答する。
しかし、その答えは返って来ない。
わからなかった。というよりも、わかる訳がなかった。
夢なんてものは、本人の意思とは全く関係ない。DVDのように、いつでも手軽に見れるものではない。
見る時、見る内容は予測不能であり、制御が利かない現象と言えるだろう。
ただ、夢というのは脳が行う記憶の整理か、自分が抱いている願望が具現化されたものと云われている。
そう考えると、自ずと答えは出てきそうな気がする。

今朝、私は四葉くんから彼女が見た夢の話を聞いた。
その内容によると、夢の中の私は四葉くんに口付けをしたそうだ。
勿論、挨拶で交わす頬と頬による口付けなのだが、私は驚きや喜びといった様々な感情が溢れていた。
それは私の脳にも強い刺激を与え、印象的な“記録”として残されたに違いない。
後は私が眠った事によって脳内の記憶の整理が開始。夢としてその内容を見てしまった。
ただ、その内容が更に濃く――私と四葉くんが想い人になっている事が引っかかる。

確かに私と四葉くんは、本当の姉妹のような関係。
例え血の繋がりはなくても、長い月日をかけて築き上げた絆は血縁を越える程だ。
だからその強い絆故に、本来ならない血の繋がりをあるものへと変えてしまった。
それは私の願望。四葉くんと本当の血の繋がりを持つ姉妹になりたいという、私の願望だろう。
だが、わらかない。何故、私と四葉くんが想い人同士なのかが。


私は四葉くんの事が好きだ。
これは自覚しているし、四葉くん本人や親友にだって知られている事。
ただ、この『好き』というのは、姉が妹の事を好きだという姉妹愛のようなもの。
私と四葉くんは血の繋がりはない。だが、関係ない。私達は本当の姉妹のように想い合っている。
私達の間には確かに、姉妹愛が芽生えている。
だが、夢の中の私と四葉くんは、それを越えた『愛』が確かにあった。
それは私が、彼女の事をひとりの人として愛している証なのだろうか?
そして、現では叶わないその想いが強過ぎる為、夢として願望が現れてしまったのだろうか?

しかし、そんな生命の本能に反した想いを私が?
イヤ。別に同性愛を否定するつもりはない。恋愛なんてものは本人達の自由なのだ。
ただ、私は今まで自分がそういった感情を抱いた事がなかったから戸惑っているだけ。
そもそも、人を恋愛の対象として好きになった事は、生を受けてから一度もなかったから尚更だ。
勿論、四葉くんはとても可愛らしく、私は愛しく想っている。
何より彼女の傍にいると、心がとても落ち着く。そう安心感が生まれるのだ。
同時に、その安らぎを自分だけのものにしたいという、強い独占欲も生まれる。
私は今まで人を恋愛の対象として好きになった事はない。
だからこの胸に抱いているそういった感情が、もしかしたらソレなのかもしれない。
という事は、やはり私は四葉くんの事が好きなのか?
否。答えを急ぐのは拙い。まだそうと決まった訳ではない。
第一、今まで恋愛をした事もない人間が、そう簡単に気づくだろうか?
わからない。自分の事なのに私はわからない。一私のオモイは、一体――――



「………お願い、考え事するのは大いに結構なんだけど。
 貴女みたいなキャラに、百面相は死ぬほど似合ってないからヤメて。というか不気味過ぎ」

――――と、私が妄想の世界に陥っていると、鈴凛先生に呼び戻された。
ただ、ハリセンによる注意ではなく、半分以上は彼女の切なる願いが込められていた。
それは別にどうでもいいのだが…………何気に酷い事を言われている気がするのだが…………?










「はぁ。それにしても、今日の千影は何時も以上に不気味よ」

「あ、姉上様。幾ら千影先輩だからって、本当の事をそんなはっきりと………」

「や…………そういうキミも…………充分酷い事を言ってるよ」

授業が終わり昼休みに入った。
堅苦しく退屈な授業も一時休憩。午後の授業を乗り越える為、皆思い思いに羽根を休めている。
当然、私もその中のひとり。いつものように屋上にやって来て、四葉くんや親友ふたりと昼食を摂る。

「やはり…………姉妹は考える事も同じなんだね…………咲耶くん、鞠絵くん…………」

「流石は姉妹デス。イシンデンシンなのデス!」

サラっと酷い事を言う失礼な姉妹を軽く睨む。
私のその視線に居心地悪さを感じたのか、ふたりは苦笑いをする。

このふたりは、私の親友であり幼馴染。
姉である咲耶くんは小学校の頃から付き合いなのだが、謀ったかのように全て同じクラス。
四葉くんが“姉妹のような幼馴染”なら、彼女は“腐れ縁な幼馴染”といったところだろうか。
だが、咲耶くんは私が四葉くん以外に心を許している存在。相談や悩みを話す事ができる頼れる存在だ。
普段は本当に頼りになる親友なのだが、シスコンの姉馬鹿という最大の欠点を持つ。

妹である鞠絵くんは、清楚で可憐なイメージがある。
だが、身体が弱く病弱だ。今は完治しているそうだが、昔は彼女が発作に苦しむ姿を何度も見た。
長い入院生活も送っていた為、一時期はストレスから精神的に不安定になっていた事もあった。
否。それだけではない。治る兆しの見えない闘病生活に絶望し、自殺未遂を起こした事がある。
私は今まで、死を望む程の絶望を味わった事はない。だから彼女がどんな思いだったのかはわからない。
しかし、それまで大切な人と過ごしていた日常が――幸せな一時が儚く崩れ去るのだ。
私の場合は四葉くんだが、それを想像しただけでも強い悲しみが、心から溢れ出そうとする。
それが実際に体験した鞠絵くんは、私なんか比でもない負の感情に溢れた事だろう。
そしてそれが、自殺という最後の逃げ道を考えてしまったのだ。

「な、何よ? ホントの事じゃない。
 アンタと10年にも及ぶ腐れ縁の私でさえ、あの百面相は不気味って思ったのよ?
 鈴凛先生は勿論、あの場にいたクラスメイト全員が思った事よ」

「いや…………そうかもしれないが…………。
 普通…………もう少し、オブラートに包んで言わないかい…………?」

私と咲耶くんは10年にも及ぶ腐れ縁な関係。
正確に言えば、私、四葉くん、咲耶くん、鞠絵くんの4人は幼い頃からの付き合い。幼馴染だ。
そんな彼女が不気味と感じたのなら、あの場にいた全員もそう思ったのは確かだろう。
しかし、もう少しオブラートに包んでくれてもいいだろう。そんなハッキリと言わずに。
咲耶くんはその性格上、言いたい事はハッキリと言い、考えるよりもまず行動する。
私や鞠絵くんとは対局な、そして四葉くんと同じタイプの人間だ。
それが彼女のいいところで、そのおかげで鞠絵くんはあの絶望な状況から立ち直る事ができたのだ。

鞠絵くんが絶望のどん底に堕ちた時、それを支えたのが咲耶くんだ。
長く辛い入院生活。忙しい親の代わりに、時間が空いた時は必ず赴き、一緒にいる時間を作った。
病院に行けない日でも、毎日電話をかけていたそうで、鞠絵くんの寂しさを少しでも和らいでいった。
咲耶くんは鞠絵くんの事を大切に想っている。だからこそ、そういった行動が実行できるのだ。
そしてその優しい想いのおかげで、鞠絵くんはこうして咲耶くんと過ごす“幸せな日常”を取戻せたのだ。
本当にこの姉妹を見ていると、人が最も幸せを感じる瞬間が、大切な人と過ごす一時なのだと気づかせてくれる。

「うふふっ。でも、珍しいですね。
 千影先輩が授業中に眠ってしまうなんて」

「そうだね…………私も自分自身、そう思うよ…………」

授業中に眠った事はそうない。しかも、あんな内容の夢まで。
起きた瞬間はその夢の内容の所為で、様々な思考が巡り混乱してしまった。
しかし時間を置き、徐々に冷静を取り戻せば、あれは有り得ない珍しい夢だという考えに行きついた。
だってそうだろう。夢は夢なのだ。その内容で現の世界で悩むなんて馬鹿らしい。
夢は夢。現は現。ふたつの世界は決して相見える事はないのだから。

「寝不足デスか、千影チャマ?
 やっぱり、早起きしたのがいけなかったんデスか?」

「ん…………そうかもしれないね…………。
 今朝はいつもより早く起きたからね…………寝足りなかったのかもしれないね…………」

「あら本当に珍しいわね。千影が早起きなんて。
 そういえば、今日は恒例の登校フルマラソンしてなかったわね」

「だ、だから姉上様、そんなハッキリ言わないで下さい」

私は低血圧で朝がとても弱い。
その為、四葉くんが私を起しに来てくれる時まで目が覚めないなんて、よくある事だ。
私は朝がとても弱い。その事はここにいるメンバーは皆知っている事。
だから咲耶くんが珍しがるのもわかるが、その言い草は酷くないだろうか?
まぁ。言いたい事をハッキリと的確に言い、言葉を飾らない咲耶くんらしいのだが。

「…………別に、そん事もあるさ。
 それに咲耶くん…………キミだって、人の事を…………言えないだろう。
 朝が弱く…………いつも、鞠絵くんに起して貰ってるじゃないか…………」

「うっ……そうだけど」

私のその言葉に、咲耶くんは言葉を詰まらせる。

「さぁ、もう私の事はいいだろ…………早く昼食にしないと…………昼休みが終わるよ…………」

私はそう言って、この話題を半ば無理矢理終わらせた。
変哲もないただの話題。別に、無理矢理中断させる必要はないはず。
しかし私はそれをした。理由はわからない。ただ、私の中の“何か”がこの話を続けようとしなかった。
そしてほんの一瞬だったが、今朝感じたものと同じ錯覚が突然私を襲ってきた。
それは、まるで自分の中にもうひとりの私がいるような錯覚。

「…………もうひとりの私、か。
 フッ…………それではまるで、二重人格ではないか……………」

私のそんな呟きは、午後の温かな風に吹かれ消え去った。




















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