『――チャマ。起きてください、――チャマ』

――声が、聞こえる。
夢と現の狭間を彷徨っている私を呼ぶ声だ。
私はその声に聞き覚えがある。彼女の声を聞き間違えたりする訳がない。
何故なら、私の愛しい想い人の声なのだから。
私は、それまでいた夢の世界から、彼女が待っている現の世界へと還る。

「…………んっ」

ゆっくりと両の瞳を開く。
カーテンから射し込む朝日が眩しく、思わず目を細める。
朝は苦手だ。元々薄暗い夜の方が好きな私は、このように眩しい朝日が少し苦手だ。
また、低血圧な為、寝起きは脳が上手く覚醒しきれておらず、身体が思うように動かない。
朝は苦手だ。ただ、別に嫌いという訳ではない。何故なら夢の世界から還れば、彼女と会えるのだから。

「あ、起きましたか、千影チャマ?」

「…………あぁ。まだ眠気が残ってるが…………一応、起きたよ…………四葉くん」

おはよう。と、彼女――四葉くんと挨拶を交わす。
彼女は四葉。私の妹であり、同時に私の愛しい想い人。
人との交流を嫌う私のような世捨て人を好きだと言ってくれる、心優しい少女だ。
まだ眠気が残っている私を、ニコニコと明るく可愛らしい笑顔で見つめている。

「…………どうしたんだい? 何だか…………嬉しそうだが…………」

「えへへ♪ だってだって、四葉のダイスキな千影チャマを朝からチェキできるんだもん♪」

「…………いつもチェキしているじゃないか」

四葉くんの言葉に、私はそう突っ込む。
彼女――四葉くんは『チェキ』と称して、いつも私の事を調べている。
写真やビデオを撮ったり、彼女愛用のメモ帳に記入したりと方法は様々だ。
ただ違う方法でも、目的はただ1つ。私の事を少しでも多く知り、そして記録に残す為。
それは、彼女が行う一種の愛情表現。誰だって好きな人物の事は少しでも知りたいものだ。
だから四葉くんは、私と一緒にいる時は、必ずメモ帳やデジカメを持ち歩いている。
いつでも私の事を『チェキ』する為に。
とはいえ、いつもいつでも『チェキ』していると、その内書く事がなくなるのではないだろうか?

私は四葉くんの事を愛している。
だから、いつも自分の事を調べられる事に対して抵抗はない。
これが他人や他の家族なら抵抗はあるだろうが、四葉くんに対しては全くない。
だが、毎日をごく平凡に過ごしている私だ。その内書きとめておく事がなくなるだろう。
私は芸能人や芸術家のように、一日一日が輝いている訳ではない。
普通に産まれ、普通に学校へ通っているただの学生だ。何か特別な日常を送っている訳ではないのだ。
その事を四葉くんに尋ねると、彼女はニッコリと明るく微笑んで言った。

「だって今日の千影チャマは、今日しかチェキできないもん。
 同じようにチェキしても、全部昨日と同じにはならないデス。
 だから四葉にとって、千影チャマをチェキする時は、ぜ〜〜んぶシンセンでドキドキなの♪」

それは、とても嬉しい言葉だった。
半ば世捨て人になっている私は、日常生活や世の中に対して少し無関心になっている。
決められたレールの上を、ただなぞって歩いているだけのつまらないもの。
勿論、四葉くんと過ごす一時は、私にとっても愛おしいもの。平凡な日常の中で唯一輝いている宝石だ。
だが、やはりそれ以外の日常は私にとっては然程輝きを感じられない。
おそらく四葉くんがいなければ、私はただその場に存在するだけの人形だった事だろう。
それ程私の中で彼女の存在は大きく、同時にそれ以外の事は意味を成さないものかもしれない。
しかし、私にとってそんな無意味無関心な日常も、四葉くんにとっては大切で尊いものなのだ。
私はそれが嬉しい。

「…………ありがとう」

嬉しいからこそ、心から四葉くんにお礼が言える。
お礼を言われた四葉くんは、何故お礼を言われたのかがわからないのか、首を傾げている。
そんな仕草が実に可愛らしく、私は思わず彼女をこの胸に抱いた。

「フフッ…………可愛いよ、四葉くん」

「はぅ〜。ち、千影チャマ。四葉、恥ずかしいデスぅ」

私の胸の中にすっぽりと納まっている四葉くん。
抱き締めている為その表情は見えないが、その言葉通り恥ずかしさで顔を紅くしているだろう。
もっとも、抵抗する様子はなく私にその身を任せている事から、彼女も満更ではないはず。
そもそも私と四葉くんは既に結ばれている想い人同士だ。
想い人同士なのだから、こういったスキンシップはいつもの事だし、それ以上の事だってしている。
ただ、純粋で初心な四葉くんは、まだこういった事をすると恥ずかしがったりする。
まぁ。その時の様子がまた愛しいものなのだがね。










それから暫くの間、私と四葉くんは抱き合ったまま。
言葉をからす事もなく、ただお互いの温もりを――愛を感じていた。










「………ねぇ。千影チャマ」

「…………ん? 何だい?」

長い長い沈黙。
永久に続くように感じられる幸せな一時。
それを先に破ったのは四葉くんの方だった。

「あのね、四葉……千影チャマにお願いがあります」

「お願い…………? 構わないよ…………言ってごらん…………」

四葉くんは私にとって、もっとも愛しい想い人だ。
そんな彼女のお願いなら、どんな事だって叶えてあげる。
多少の無理難題でもだ。それが叶った時に見せてくれる、四葉くんの笑顔の為なら何ら苦でもない。
私は四葉くんの笑顔が大好きだから、太陽のように明るく温かい笑顔の為ならだ。

そう思い、四葉くんの口から発せられる『お願い』を待つと、
彼女は私の胸の中で、ゆっくりと、小さくそして少し恥ずかしそうに言った。

「………おはようのキス、してください」

――と。
それは恥ずかしがり屋の四葉くんには珍しいお願い。
普段キスする時は、私が恥ずかしがる彼女をリードしている。
だから四葉くんからキスを迫ってくる事は珍しい。
おそらく勇気を振り絞り、恥ずかしさを抑えての言葉だろう。
その証拠に、抱き合って重なり合っている四葉くんの胸から、激しい心臓の鼓動が伝わってくる。
四葉くんのそんな勇気ある、そして微笑ましい姿が嬉しく、つい彼女を抱いている腕の力を強めてしまう。
たが、それも一瞬の事。私は四葉くんを両の腕から開放する。
その後はもう言葉なんて不要。私は、四葉くんの柔らかい頬に手を添え、ゆっくりと唇を近づけた。
徐々に近づく唇に合わせ、私達は両の瞳を閉じ、そっとお互いの唇が重なりあった。
柔らかく、甘い蜜のような口付け。愛を確かめる濃厚な口付けとは違う、挨拶としての口付けだ。

「…………んっ」

「エヘヘ♪ キス、しちゃいました♪」

唇を放すと、私達は余韻に浸っていた。
ほのかに顔を紅くし、だけどとても幸せそうな様子の四葉くん。
私も少しだけ顔が熱い。キスは慣れているのだが、あの心地よさに身体が火照ってしまった。
挨拶としてのスキンシップ的な口付けでも、私にとっては最高の心地よさを齎してくれる。
そして、こうして四葉くんとのスキンシップや愛を確かめている一時が、最も幸せを感じられるのだ。

「…………さて。今日は休日だし…………どこか出かけようか…………」

余韻に浸るのも程ほどに、私はそう提案した。

「賛成デ〜〜ス♪
 あ、だったら四葉、この前春歌チャマと雛子チャマが行った水族館がいいデス!」

四葉くんも私の提案に賛成。
私と出かけるの――厳密に言えばデート――が嬉しいのか、
まるでご主人様に向かって、尻尾を勢いよく振る子犬のようにはしゃぎ喜んでいる。

ちなみに四葉くんの言う水族館と言うのは、最近オープンしたばかりのテーマパーク。
何でも水深51mの海中に浮かんでいるそうで、本当に自然な魚達の様子が見れるそうだ。
私はまだ行った事がないが、前に春歌くんが雛子くんを連れて遊びに行った。
本来なら家族皆で行くべきなのだろうが、色々と事情があってそれは叶わなかった。
まぁ。簡単に言えば、入手したチケットが商店街の福引の景品で、招待人数がふたりまでだった為、
実際に福引をして当てた雛子くんと、彼女本人が一番懐いていた春歌くんに決まっただけなのだ。
だが、やはり他の皆も行って見たかった様子で、亞里亞くんなんて泣き出してしまった程だ。

「別に、私は…………構わないよ。
 フフッ…………あのふたりの話を聞いて…………余計に行きたくなったようだね…………」

「エヘヘ♪ そうなの♪」

行きたがっていたのは四葉くんも同じ。
亞里亞くん程ではないが、あの日は凄く落ち込んでいた。
その姿を見て、私はいつか連れて行ってあげようと思っていたのだから、丁度いい機会だ。

「それじゃ…………早く支度しようか…………。
 あぁ…………後、皆に出かけると…………伝えておかないとね…………」

幾ら世捨て人のように成り下がっていても、家族に何も伝えずに外出する訳にはいかない。
前に何も伝えず日帰りの小旅行へ行っていた時なんか、皆が街中を探していたのだ。
あの時は流石に驚いた。ちょっと気晴らしに行ったつもりだったのに、帰ってきたら大騒ぎだ。
泣かれ怒られ叩かれ、最後には二時間にも及ぶ大説教をこの身に味わった。
それ以来、あんな目は二度と御免と、外出時には一言行ってからにしている。
そう思い、皆がいるであろうリビングへ向かおうとすると、四葉くんに呼び止められた。

「あ、皆さんでかけましたよ」

「…………え? 皆って…………全員かい?」

「ハイデス。えっとデスね、四葉のチェキによると……。
 可憐チャマと春歌チャマはオケイコゴトで、花穂チャマと衛チャマは部活。
 咲耶チャマは鞠絵チャマの所に行って、鈴凛チャマはお買い物。
 白雪チャマは兄チャマと、雛子チャマ・亞里亞チャマのおふたりを連れて公園へ出かけました」

私の質問に、四葉くんはメモを読みながら答えた。
ちなみに今彼女が開いているのは、普通のチェキメモ。
いつも私の事をメモしているものとは違う、家族やその他の事をメモする為のものだ。

「…………なんだ。皆出かけているのか」

「うん。だから今お家には、四葉と千影チャマだけデス」

「…………まぁ。休日だしね」

ふと窓の外を見る。
春が近づいている為か、空からは温かな陽射しが差し込んでいる。
今日は休日。普段の忙しさを忘れ、ゆっくりと羽根を休める為の日。
その日をどういう風に過ごすかは個人の勝手だが、こんな日は外へ出るのが一番だろう。
少し前の私なら、確実にそうは思わなかっただろうがね。
昔の自分と全く正反対の事を考える自分が、何だか可笑しくなってきた。

「チェキ? 何が可笑しいのデスか、千影チャマ?」

「…………いや。別に。
 さて…………それよりも…………早く行こうか…………」

「ハイデス!」

昔と今。私は随分と変わったと実感している。
全てに対して無関心で気だるさを感じていた昔と、愛する人の為に輝いている今。
こうまで変わったのは、やはり四葉くんとの愛が芽生えてから。
不思議な少女だ。私の中にある全ての闇を、その太陽のように明るい笑顔で照らし掻き消してくれる。
本当に、私は四葉くんと出会い、想い人になれた事を嬉しく思う。
だからこそ、この無垢で純粋な天使を護りたい。私の手で幸せにしたいと、強く強く決意するのだ。

















第三夢へ























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