妹姫サクヤの憂鬱?






















『憂鬱』
気持ちが晴れ晴れとしない事。気のふさぐ事。またその様。

人は誰もが憂鬱な気持ちになる時がある。
物事が自分の思っていた程上手く進まなかった時。
何か大きな失敗をした時や、その失敗を誰かに責められる時。
その他、個人個人ありとあらゆる理由で憂鬱な気持ちになる。
そう。今の彼女と私のように。

「あぁ〜〜〜もうッ。千影。私はどうしたらいいのよッ!!!」

…………訂正。
今の彼女は、どこをどう見ても『憂鬱』になっているようには見えなかった。
「あぁ〜ッ」だとか「もうッ」だとか叫びながら、アパートの一室で大暴れする彼女。名前は妹姫咲耶。
かっな〜〜〜り不本意ながら私の友人で、その付き合いは小学校の頃からになる腐れ縁だ。
そんな彼女は、同性の私でも認める程の美人で、実際学生時代はかなりモテていた。
勿論、今みたいに癇癪を起していなければの話だが。

「…………確かにどうしたらいいんだろうね…………私は…………」

はぁっと、大きな溜息と共に言葉を吐き出す。
部屋を見渡すと、咲耶くんが暴れた事によりかなり散らかっている。
テーブルや椅子はひっくり返り、観賞植物の鉢や花瓶は倒れ、棚の上の物は床に転がっている。
例えるならマグニチュード8の地震が起こったような―――あ、今クッションを壁に投げつけた。
とまぁ、今の彼女はイライラが最高潮に達し、今にも閉鎖空間を生み出しそうな程不機嫌だった。

「取り敢えず…………落ち着きたまえ…………」

このままでは世界の崩壊はしなくても、部屋が崩壊しそうなので彼女を落ち着かせようとするが―――

「うるさいッ うるさいッ うるさぁーーいッ!
 この一大事に、どうやったら落ち着いていられるって言えるのアンタはッ!」

ダンダンっと、床を思いっきり踏み鳴らし怒鳴り声をあげる。
うむ。下の階のみならず近隣にかなり迷惑だな…………って、そうじゃなくて。

「キミが…………不機嫌なのは(本当はわからない)わかるが…………。
 ここは一戸建ての家ではなくアパート…………キミの暴れっぷりは近所迷惑だ…………。
 おまけに…………ここが私の部屋だという事も…………忘れないで欲しいんだが…………」

そう。ここは私が借りたアパートの部屋。
つまり咲耶くんが今まで“ヤツ当たり”していた数々の品は、私の私物なのだ。
それに―――

「私はつい先程仕事が終わり…………5日振りに睡眠を取る予定だったのだが…………」

現在、私は作家の仕事をしている。
扱っているジャンルはミステリーやオカルトもので、まぁ、半分趣味に近い。
ただ、執筆というのは大変で、必ずしも同じ感覚、同じペースで書けるものではない。
現に今回の原稿は難航し、5日間の徹夜の果て、締め切りギリギリで完成。
入稿も先程終わり、やっと休めると思った矢先だった。

『鞠絵の……鞠絵の一大事なのッ!』

そう切羽詰った表情で咲耶くんが押しかけてきたのは。
私は彼女の親友という事もあり、眠いながらも相談に乗った。
最初の内は深刻な話だと思った。だが、彼女の口から出た『一大事』というものが…………はぁ。

「大丈夫。人は一週間徹夜しても死なないから。
 そんなつまらない事より、鞠絵の一大事なのよ、一大事ッ!」

ひ、人事だと思って…………。
私は反論したかったが、今の彼女に何を言っても無駄だろう。
猪突猛進イケイケゴーゴー赤信号であり狂化状態なバーサーカーには。

「一大事って、単に鞠絵くんが修学旅行に行ってるだけだろう…………」

やれやれと、溜息を漏らす。
咲耶くんが大暴れしている理由はかなり簡単な事。
彼女には歳の離れた妹がひとりいる。名前を鞠絵。とてもお淑やかで優しい少女だ。―――今の姉と違い。
で、その鞠絵くんが今日から3泊4日の修学旅行に行っているのだ。
普通に考えれば、妹が修学旅行に行く位でこんな破壊神の如く暴れたりしないのだが、
彼女達姉妹にはちょっとした深く重い事情がある。故に仕方ないと言えば仕方ないのだ。

「それのどこが単になのよッ!
 鞠絵は、ついこの前まで入院していたのよッ。もし旅行中に体調を崩したら………私………」

先程までの鬼の形相とは打って変わる。
不安そうな表情になり、今にも泣き出しそうな弱々しい姿を見せる。
無理もない。鞠絵くんは1年前まで命に関わる重い病気を患っていた。
今は退院し復学もしているが、あの頃は後一月の命という絶望的な先刻まで受けた程だ。
その宣告を受けた時、一体どれ程の恐怖や絶望が彼女を襲った事か…………。
だが咲耶くんは諦めなかった。どんなに辛く悲しくなっても泣かず、弱音を吐かず、鞠絵くんを励ました。
その結果が今だ。鞠絵くんは無事に退院。こうして修学旅行に行けるまでに回復した。―――しかし、だ。

ただじゃおかなわッ お礼参りは死ィ。
 教員はじめ、修学旅行関係者は覚悟しておきなさいよぉ……苦苦苦ッ


「コラそこ…………いきなりキャラ変えない…………」

どこかの赤い蝶になりかけている咲耶くんを制す。
鞠絵くんが入院していた頃、咲耶くんは自分の全てを彼女に捧げた。
それは治療費といったお金やお見舞いの為の時間は勿論の事、彼女自身の愛情もだ。
咲耶くんにとって、鞠絵くんの存在は正に彼女の全てだった。
そして幾ら完治したとはいえ、まだ体力や免疫力などは常人に比べると低い。
ちょっとの気温の変化で体調を崩し、高熱が数日も続く。
私はその度に徹夜で看病し、また再発の恐怖に怯える咲耶くんの姿を見てきた。
だから彼女が必要以上に過保護になるのはわかる。失いたくないのだ、鞠絵くんを。
その気持ちはわかる。わかるのだが…………。

「…………最早、過保護を通り越し…………シスコン、姉馬鹿だね…………キミは…………」

「誰が馬鹿よッ 誰がッ!?」

…………キミ以外の誰がいるというんだい?

「…………では1つ質問するが。
 もし…………鞠絵くんが恋人を作り紹介してきたら…………キミはどうするんだい…………?」

「そんなの決まっているわッ!
 このラヴ・デスティニーで、全てを薙ぎ払う!」

「キミが立ちはだかるなら、私は…………じゃなくて、やっぱりシスコンだよ…………キミは…………」

つい咲耶くんのネタに乗ってしまい、自由なパイロット化してしまった。
まぁ。それは置いておいて。やはり咲耶くんのシスコン・姉馬鹿ぶりは桁外れだ。
これでは鞠絵くんも恋人を作る余裕がないだろう。
鞠絵くん、せめて平行世界のキミは幸せになってくれたまえ。

「何でよッ! 大体、アンタはどうなのよ?」

「うん? 私かい…………?」

「えぇ。そうよ。
 もしアンタの四葉ちゃんが恋人を紹介してきたら、アンタはどうする気よ?」

平行世界の鞠絵くんの幸せを祈っていると、今度は咲耶くんが同じ質問をしてきた。
四葉というのは私の妹の名前。咲耶くん・鞠絵くん姉妹と同様に、少し歳の離れた妹だ。
今の私は実家を離れ独り暮らしをしている為離れ離れだが、結構頻繁に逢っている。
四葉くんは甘えん坊で、逢う度に私に甘えてくる。それがとても愛らしく私の宝物だ。
故に、そんな存在の四葉くんが恋人を紹介してくるのだ。姉として、私は―――

当然…………禁術や呪詛を使い…………末代まで呪いをかけるよ…………フフフッ

「………アンタも充分シスコンの姉馬鹿じゃない」




咲耶くんの冷ややかな突っ込みは敢えて無視する。




「それで…………キミはどうしたいんだい…………?
 流石の私だって…………体力と気力の限界だってあるのだが…………」

既に睡魔阻止限界点は過ぎようとしている。
もし阻止限界点を越えれば、もは誰にも止める事は出来ないだろう、私の睡魔は。
このまま咲耶くんを無視して眠ってもいいのだが、放っておくのも色々な意味で危険だ。
結局、彼女が気が済むまで私は付き合わなければならない。
ホント、友というものは損する為な存在だ。

「大体…………そんなに心配なら連絡すればいいだろ…………。
 教員だって事情は知っているんだ…………。電話位…………大目に見てくれる筈さ…………」

「……電話? あ、うん………そうよね」

納得したのか、咲耶くんは落ち着きを取り戻した。
鞠絵くんの病気の事は、当然の事だが全教員が知っている。
いつ体調を崩しても大丈夫なように、咲耶くんの携帯の番号や入院していた病院の連絡先を教えてある。
実際はそれらが必要にならない方がいいのだが、年の為だと咲耶くんが話してくれた。
故に、鞠絵くんが体調を崩していないか、その確認を咲耶くんがしてくる頃も向こうは予想している筈。

「今なら飛行機も着いたはずだ…………電話してみるといいよ…………」

私がその言葉を言い終える前に、咲耶くんは携帯で電話をかけていた。
咲耶くんの行動は少し迷惑だが、それも鞠絵くんの事を想っての事。
姉が妹を想うのは当然の事だ。私も同じ姉だからその気持ちはわかる。
だから本来は文句の1つでも言ってやりたいが、今回は鞠絵くんを想うその気持ちに免じて何も言わない。
今から咲耶くんと鞠絵くんによる、少し恥ずかしい姉妹の会話がはじまる事だろう。
私が休めるのはその後からか。やれやれ。やっと休める。





――――そう、思った瞬間だった。





「あ、スミマセン。
 ちょっとお聞きしますが、今から沖縄行きの便の予約をしたいのですが。
 えぇ。今日中……出来ればなるべく早い便が………。はい、それで2枚なんですが」

…………ちょっとマテ。

「あ、そうですか。ありがとうございます。
 それでは、今からすぐに向かいますので。では」

「待たんかいッ!(※千影です)」

「何よ? あ、沖縄便確保したから、さっさっと準備して行くわよ♪」

「行くわよ♪ じゃないッ!
 咲耶くん…………私は鞠絵くんに電話してみては、と言った筈だ…………。
 それが何故…………航空会社に電話をし…………チケットを…………それも私の分まで」

色々と突っ込み所はある。
何故、鞠絵くんにではなく航空会社に電話したのか、とか。
何故、電話で話をしるのではなく、修学旅行の場所である沖縄へ行く便を確保したのか、とか。
何故、その沖縄行きのチケットが2枚…………私の分も含まれているのか、とか。
本当に突っ込み所が多過ぎて処理しきれない。誰かこの状況を処理できる者きてくれ、切に。

「決まってるでしょ?
 私と貴女で沖縄へ行って、直接鞠絵の様子を見に行くのよ」

「…………普通、保護者が修学旅行に同伴はしないだろうが」

「でしょうね。でもね、千影」

そこで咲耶くんは一息いれると、ニヤリと笑い言い放った。

「別に、生徒の修学旅行中に保護者がたまたま旅行へ行っても問題はないでしょ?
 それが、たまたま修学旅行先の沖縄でも、私達はプライベートで旅行へ行くのだからね♪」

「…………」

頭が痛くなってきた。
何と言うか、それは屁理屈にしか聞こえない。
というか、行くなら1人で逝ってくれ。
もうこれ以上、私を巻き込まないで欲しいものだ。
否。そもそもコレは夢だ幻だ。おそらく私は修羅場中に落ちてしまっているんだ。
マズイ。一刻も早く目を冷まし、仕事を再開しなければ…………。

――と、私が現実逃避をしていると、先程と同じ笑みを浮かべたまま言い放った。

「ほら逝くわよ千影!
 あ、それと電車じゃ間に合わないから、車の運転お願い」

『嘘だといってよ、バーニィ咲耶くん』
不意に、この前見たアニメのサブタイトルが浮かんだ。
別に特に理由はない。ただ、 今の私の心境にぴったりなだけ。
ちなみに、今の咲耶くんの心境にぴったりなサブタイトルは次の2つ。
戦場鞠絵までは何マイル? 』か『駆け抜ける咲耶』といったところだろう。
だからといって、今の状況を打破出来る訳でもないのだが、不意に思い出してしまった。南無三。







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