姉妹=恋人?
「あ、おはようございます。姉上様」
目が覚めると、鞠絵の顔があった。
突然の事に私の頭の中が真っ白になり、状況を理解すると顔が赤くなった。
鞠絵は笑顔だった。とても温かく、その笑顔で見つめられると心から安らげる。私の大好きな笑顔だ。
ただ1つ気になる事がある。それが鞠絵との顔の距離。鞠絵の顔が間近にあるのだ。
呼吸をすれば漏れ出た吐息がかかりそうな、後数センチでも動けば唇が当たりそうな程の。
だけど、鞠絵は気にする事なく笑顔を見せている。多少顔が赤くなっているが、私程ではない。
「お、おはよう……鞠絵」
何とか挨拶を返す。
「ふふっ♪ どうかしました?
何だかお顔が赤いみたいですけど?」
私の顔が赤い為、鞠絵が訊ねてくる。
だけど鞠絵は笑顔だ。明らかに私が恥ずかしさに顔を赤くしている事が判っているはず。
判っているからこそ、今の状況を楽しんでそんな質問をしてくるのだ、彼女は。
「し、しかたないじゃない。
鞠絵の顔が、こんなに近くにあるんだし………」
しかもお互い裸だから尚更だ。
昨日の夜、身体を重ねたまま眠ってしまったからそれは仕方ないだろう。
でも、今の状況では、その事も私の顔を赤くする要因の1つになっている。
勿論、昨日の夜もはじめてによる恐怖と今みたいに恥ずかしさがあったけど、
それらは途中から、少しずつ嬉しさや気持ちよさに変わって全く感じていなくなっていた。
だから時間が経ったい今、改めて冷静に昨日の夜の事を思い出し、余計に恥ずかしくなってきた。
「そうですか? わたくしは恥ずかしくないですよ?
それどころかこんな間近で姉上様のお顔が見れて嬉しいです。昨日は、暗くて見難かったですし………」
鞠絵のその言葉で益々赤くなった。
これがアニメや漫画の世界なら、恥ずかしさのあまり顔から火が出たり湯気が出ているだろう。
流石に現実の世界ではそういう事は起こらないけど、そんな気がするくらい身体中が熱を帯びている。
私は恥ずかしさのあまり「うぅ〜……」と唸ると、シーツを頭から被って隠れた。が――
「姉上様、可愛いです♪」
私のそんな行動は逆に鞠絵のツボにクリティカルしたらしく抱きしめられてしまった。
シーツ越しに鞠絵の温かな温もりと肌や胸の柔らかさが伝わってくる。何だか気持ちいい。
それはまるで、幼い頃にお母様に抱きしめられた時に感じた安心感に似ている。
そういえば昨日の夜も、鞠絵に抱きしめたれて同じ感覚に襲われた。
とても温かくて柔らかくて、どこか優しい安心感のある心地よい温もり。
実の妹に抱きしめられている――しかも裸で――というのは、姉としては複雑な気持ち。
でも、こういうのもいいかもしれない。勿論、恥ずかしいけど。
「ね、ねぇ。鞠絵」
「なんですか、姉上様?」
「その………出来ればでいいんだけど。
シーツ越しじゃなくて………直接抱きしめてくれない………?」
実の妹にこんな事を頼む姉がどこにいるだろうか。
いや。ここにいるけど、私は自分でも認めている特例という事で除外する。
ともかく普通はいない。特に同性愛を認めていない日本では、そういないだろう。
しかも実の姉妹なのだから、世間的に見れば自然や社会の摂理から外れた異常者になる。
でも、そんな事は私と鞠絵には関係がない。
「はい。勿論、いいですよ」
私と鞠絵は姉妹であると同時に恋人同士なのだから。
世間的にみるとそれはおかしいだろうが、私達には関係がない。
例え同性であり姉妹であったとしても。私達はお互いに愛し合っているのだ。
その事は流石に周りには隠している。誰も知らない。友達は勿論の事、両親でさえも知らない。
自分の友達や家族、娘が同性愛者だと知ってショックを受けないはずがないからだ。
今の日本では同性愛は禁忌とされている。法的にも社会的にも、道徳的にも。
禁忌とされ、その人達の事を『異常者』や『社会不適合者』と呼び差別している。
確かに同性愛は『命を育む』という生命の本質や摂理から外れている。
その事は判っている。判っているけど、私は鞠絵の事を、鞠絵は私の事を愛している。
人を愛するのに理由がいるだろうか。
その人の『好み』はあるだろうけど、それは人を『愛する』とは似ているようで違うと思う。
他人の『何か』に惹かれ、その人と過ごしていく内にその『何か』を求めるようになる。
それはカタチがあったりなかったりするもの。見えるようで見えないもの。自分が持っていないもの。
人は他人にそれを求め、自分に足りないものを埋める。それが次第に人を愛する事になる。私はそう思う。
「鞠絵」
「ぅん……何ですか、姉上様?」
私は、自分の身体を抱きしめている最愛の人――鞠絵を呼ぶ。
鞠絵は私にとって大切な家族、姉妹であると同時に最愛の恋人。
他人からみれば変に思われるかもしれないけど、鞠絵の事を大切に想っている事には変わらない。
鞠絵は私の大切な大切な宝物。同時に、私に安らぎを与えてくれる癒しの存在。
「なんでもない。ただ、呼んでみただけ」
言って、私は鞠絵の胸の中に顔を埋める。
こうすると、とても柔らかく、とても温かく、とてもいい香りがして、とても落ち着く。
「ふふっ。姉上様、まるで子供みたいですよ?」
微笑みながら、鞠絵は私の髪を優しく撫でる。
「んっ………気持ちいい」
そしてとても安心する。
この安心感は、まだ子供だった頃にお母様に抱きしめられた時に感じた。
柔らかくて、温かくて、いい香りがして、お母様に包まれていると辛さや悲しみを忘れる。
それは本当に不思議だった。例えどんなに泣いていても、いつの間にか涙が止まっていた。
安心するのだ。私は護られている。どんな辛い事や悲しい事があっても護ってくれる。
そんな安心感が私を包み込んでくれるのだ。今と同じ、鞠絵が私にしてくれているように。
私は安心感を――安らぎを求めているのだ。私がいつでも甘える事が出来る鞠絵に。
「ねぇ。鞠絵」
「はい。姉上様?」
「もっと……強く抱きしめて。
私と鞠絵が離れ離れにならないように………ギュッと」
「まぁ。姉上様って、実は甘えん坊さんなんですよね♪」
まるで子供のような私に鞠絵は笑みを浮かべる。
でも、笑みを浮かべてはいるけど、キチンと私のお願いに答えてくれる。
それまで私の背中と髪に添えられるようにあった、鞠絵の白くて細い腕に力が込められた。
「そうかもしれないけど、私がこんなに甘えるのは鞠絵だけよ」
私は今年で18歳になる。
流石にその歳で、お母様に甘えてこんな風に抱きしめて貰うのは恥ずかしい。
それに私はあまり人に甘えたりしない。自分に厳しく、甘えるという行為を殆どしなかった。
だけど、それは鞠絵の前だと違う。鞠絵だけは私の特別。私が唯一人甘える事が出来る人物なのだ。
「でも、ごめんなさいね。
私重いから、重たかったり苦しかったりしない?」
「いいえ。そんな事はないですよ。
ただ、ちょっとだけ胸のところがくすぐったいです」
言いながら笑う鞠絵につられ、私も笑みを零す。
幸せだと心から思える。
鞠絵とこうして肌を重ねたりキスをして、愛を確かめ合っている時は幸せだ。
だけど鞠絵と他愛ない話をしたり、冗談を言って笑い合う事も、私には幸せな一時だ。
私は鞠絵が傍にいてくれればそれで幸せだ。鞠絵が傍にいてくれれば、私は心から安心出来る。
どんなに辛く悲しい時でも、ボロボロになったココロもカラダも癒してくれ、幸せを感じれる。
だから、私は鞠絵を離したくなかった。鞠絵を私だけのものにしたかった。
「鞠絵」
「何ですか、姉上様?」
「今、貴女は幸せ?」
「姉上様はどうですか?」
私の質問に鞠絵が問い返す。
「私? 私は幸せよ。凄く。
鞠絵がこうして傍にいてくれるだけで、私は幸せなの。貴女は?」
改めて尋ねと、鞠絵は嬉しそうに言った。
「勿論。幸せですよ。
わたくしも、姉上様が傍にいてくだされば幸せなんですから」
END
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