小さな幸せ





















ザァーーーーーーーッ


薄地のレースのカーテンを開けて、窓の外を見る。
灰色の雲からまるでシャワーのように雨が降り注いでいる。
その雨の所為で、外は薄暗い。まだお昼だというのに、電気をつけないと部屋も暗かった。
止む気配の見えない雨が、窓の外に広がる緑一面の景色を覆い隠している。
木々や草花にとっては恵みの雨になるのだろうけど、私からすればちょっと憂鬱になる。

「はぁ。せっかくのピクニックなのに雨だなんて」

溜息が出る。だけどそれも仕方ない。
『明日は全国的に晴れになるでしょう』と、昨日見た天気予報は言っていた。
その前からずっと週間天気予報を見ていたけど、やっぱり今日は晴れマークがついていた。
どこのテレビ局でも、気象予報士のお姉さんお兄さん小父さん皆が、今日は『晴れ』だと言った。
だけど。今朝起きてみれば雨。天気予報をみると、雨マーク。降水確率90%のおまけつき。
おかげで、折角計画していたピクニックが雨の所為で台無しになったのだ。溜息の1つや2つ出る。

「仕方ないですよ、姉上様。
 残念ですけど、雨が降るのは自然な事なんですから」

「そうだけど。やっぱり何か悔しい。
 私、鞠絵とのピクニック楽しみにしてたのに………」

また溜息をついて、テーブルの上に置いたバスケットに視線を移す。
今日は鞠絵と少し離れたところにある自然公園へピクニックに行く予定だった。
病気の所為で入院している鞠絵と、学校があって土日や祝日ぐらいしか来れない私。
本当は休みの日を全部鞠絵の為に使いたいのだけど、色々とあってそういう訳にもいかない。
だから逢えるのは日曜日ぐらいで、私はその1日をフルに使って鞠絵との思い出を作っている。
それで、春になって温かくなってきたのもあって、少し遠出のピクニックを計画。
料理がちょっと苦手な私だけど、お母様や友達に色々と教えて貰ってお弁当も作った。
鞠絵の大好きなおかずもたくさん作ったし、デザートにお母様特性のアップルパイもある。
飲み物だってジュースやレモンティーとか色々用意したし、プランもしっかり立てた。
なのに、当日になって雨が降って中止。何と言うか、運がない。

「はぁ。やっぱり私が珍しく料理なんかしたからかなぁ?」

思わず、そんな事を漏らしてしまう。
私は料理が苦手。別に作れなくはないのだけど、出来れば作りたくない。
まず、材料を一口サイズに切れば、大き過ぎたり小さ過ぎたりでバラバラ。歪な形になる。
材料と一緒に自分の指を切る事も多くて、料理の度に左手は絆創膏だらけになる。
悪戦苦闘しながら何とか出来上がったと思えば、盛り付けた時の見栄えも悪い。
味は悪い訳じゃないけど、料理好きのお母様や友達に言わせれば、見た目で食欲半減らしい。
それは私も認めている。どうやら、私はお父様の不器用な血を見事に引き継いだらしい。
おかげで料理に限らず裁縫とか、指先を使うもの全般が苦手。

「そ、それは関係ないと思いますけど?」

「そう? でもね、どういう訳か調理実習の時って雨が多いのよねぇ、私」

「え? 本当ですか?」

「うん。大体7割の確立で雨だった」

小学校とこの間卒業した中学校。
その両方の正確な調理実習の数を覚えている訳じゃない。という覚えてる方がおかしい。
でも、中学2年の頃、長年一緒の友達に『咲耶が調理実習の日って、雨が多くない?』と言われた。
それで思い出してみると確かに雨の日の記憶が多くて、3年の時にちょっと確かめてみた。
そしたら大体7割の確立で雨、冬には雪が降っていた。

「極め付けが、卒業式のちょっと前に家庭科で卒業パーティーみたいのがあったのよ。
 最後だから皆で好きな物を作って、それをバイキングみたいに真ん中のテーブルに並べたの」

今から大体1ヶ月前の事。
まだ『思い出』として心のアルバムにしまっておくには早過ぎるかもしれない。
だけど私にとっては懐かしいステキな思い出。今はバラバラになったあの時のクラスメイト。
皆と作った思い出を私は懐かしみながら話した。

「その日、下拵えとかがあったから早く行かなくちゃいけなかったの。
 でも、今朝から大雪。早く出たのに遅刻ギリギリで着いた娘が多くて、先生なんて遅刻。
 もう少しで家庭科の授業――というか卒業パーティーが延期って、状態だったのよ」

何とか授業は普通通り行われて、家庭科の卒業パーティーも出来た。
私は料理が苦手だけど、友達やクラスメイトといい思い出が作れて良かったと思う。
だけど、友達からは『やっぱり咲耶が料理すると碌な事ないね』なんて言われた。
もっとも、それは私も充分納得していたけど。

「はぁ……何だか信じられませんけど、凄い偶然ですね」

「偶然じゃなくて必然らしいけど」

友達曰く。

「はぁ。唯でさえ料理が苦手なのに、こんなジンクスがあるとホント嫌になりそう」

大きく溜息をついて、そのまま後に倒れ込む。
バフっとベッドに身体が沈み、スプリングが音を立てて小さな悲鳴を上げる。
鞠絵のベッドはとてもふわふわして寝心地がいい。正直、私が家で使っているのよりも。
布団に入って、このふわふわ感に身を包めば気持ちよく眠れそう。毎晩ステキな夢だって見れるはず。
でも、毎日このベッドで眠ってる鞠絵はどうだろう。今、私が思った事と同じ考えだとは思えない。
今は治療の甲斐あって病状も回復に向かっているけど、入院したばかりの頃はこのベッドに寝たきり。
外に出る事も、自由に病院内を歩き回る事も出来ないで、このベッドの上で発作に苦しむ毎日。
治療の為の病院がまるで牢獄みたい。いつか入院生活に苦しんでいた鞠絵がそう言っていた。
目を閉じて、このベッドで見る夢はどれも“私や両親との平凡な日常の一コマ”だった。
そんな夢――自分が望んでいる『日常』を見る度に、今の入院生活がとても悲しくて辛い、とも。
鞠絵はいつも苦しんで泣いていた。だけどそれを私や両親には知られまいと振舞っていた。
いつも『笑顔』という仮面を被って『悲しみ』という素顔を隠していた。
その事を知った時、私は涙が出てきた。悔しかった。鞠絵の気持ちが判らなかった自分が悔しかった。
悔しかったからこそ、私は鞠絵に仮面じゃない本当の笑顔でいられるように、
こうしてたくさんの幸せで楽しい想い出を一緒に作っていこうと思ったのだ。

今日のピクニックだってそうだ。
鞠絵の病状が回復してきてからは、中庭や病院の近くの湖によく出歩いていた。
だけどまだ油断が出来ない状態だった為、何かあってもすぐに病院に運べるように近場が主。
自然公園へ行くなどといった遠出は今回がはじめてで、鞠絵はとても楽しみにしていた。
私はそんな鞠絵に心から楽しんで貰えるように、お弁当の準備やプランをしっかり計画。
鞠絵と一緒に心から楽しんで、たくさんの思い出を作りたかった。
でも、運が悪いというか私のジンクスの所為というか、雨が降って中止。
折角楽しみにしていたのに、鞠絵に悪い事をしてしまった。

「ごめんなさいね、鞠絵。
 折角のピクニック、ダメになって」

ゆっくりと起き上がって鞠絵の方へ視線を移す。
鞠絵は止む気配の見せない雨が降る外をじっと見つめていた。
一体何を思いながら降り注ぐ雨を見つめているのだろう。やっぱり『残念』なのだろうか。
口では『仕方ない』と言っても、楽しみにしていた事が中止になればそう思うのが人間。
鞠絵だって残念に思っているのだと、そう思っていた。すると、鞠絵は私の方を見てこう言った。

「いいえ。気になさらないで下さい。
 わたくし、こうして姉上様と一緒にいられるだけで幸せですから」

ニッコリと、心の底から嬉しそうな笑顔で。
そうだった。私はまた鞠絵の気持ちが判っていなかった。
確かに鞠絵はピクニックを楽しみにしていた。だけどそれは私と一緒だから。
鞠絵が本当に望んでいるもの。鞠絵が楽しめる事。鞠絵が幸せと感じる事。
それは私と一緒にいる事。鞠絵が自分の中に溜めていた負の感情を出した時言ったはずだ。


『わたくし、姉上様と一緒にいたいですッ
 姉上様さえ傍にいて下されば、わたくしは……わたくしは、それで幸せなんですッ』


瞳からボロボロと涙を零して、そう言った。
鞠絵の本音。余計な感情のない、純粋な感情だけによって生まれた願いを。

「ホント安上がりな幸せね、鞠絵」

人は色々な事で幸せを感じる。
好きな事をしている時や何か目標が達成された時。
自分の事を評価された時や自分が思い描いていた夢や願いが叶った時など、人それぞれ。
その中でも、大好きな人と一緒にいられるだけで幸せ。これ程簡単な幸せはないと思う。
何か努力したりお金がかかったりする事はない。ただ、一緒にいるだけでいいのだ。
とても身近にあって、本当に簡単に叶える事が出来る幸せ。
だけど鞠絵にとっては何よりも掛け替えのない大切な幸せな一時。それに――

「でもね、鞠絵」

私は鞠絵の身体をギュッと抱きしめる。
とても小さくて細い鞠絵の身体。だけどとても温かくて心地よい温もりがある。
入院したばかりの頃や特に病状が悪かった時は、この身体がとても冷たかった。
まるで人の温もりとは思えない程、冷たく弱々しかった。もうダメだと思っていた程だ。
だけど治療の甲斐あって、今ではこの温もりがある。鞠絵は、しっかりと生きている。

「私も悪くないわ、この幸せ」

大好きな人と一緒にいる。
とても身近にあって、本当に簡単に叶える事が出来る幸せ。
だけど鞠絵にとっては何よりも掛け替えのない大切な幸せな一時。
それは私も同じ。私は、鞠絵と一緒に話をしたり過ごしたりするだけで幸せだ。
こうして鞠絵の温もりを――生きているという証を感じていれるだけで、充分過ぎる程幸せだ。
それは何よりも掛け替えのない幸せ。私は、鞠絵と一緒にこの幸せな一時に身を委ねていきたい。










END










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