私には妹がいる。
小さくて可愛らしい、ちょっぴり泣き虫なお姫様。
まだまだ甘えたい年頃なのか、それとも寂しがり屋なのか、いつも私の傍にベッタリ。
今は事情があって一緒に暮らしていないけど、逢う度に嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
だけどそれとは逆に、私が帰る時は涙をポロポロ流して引き止めようとする。
私は彼女の涙にとても弱い。だから泣いている彼女を抱きしめ、いつも約束する。


『また来るからね』


その言葉に彼女は泣き止み、また笑顔を見せてくれる。
彼女は表情がコロコロと変わる。子供らしく天真爛漫なのだ。
嬉しい時や楽しい時には笑い、悲しい時や辛い時には涙を流す。
それは人として当たり前の事だし、純粋な子供ならなおさらの事。
だけど、私が彼女とはじめて逢った時は違った。私が感じた彼女の第一印象。それは――




















庭に咲く孤高の花






















学校が終わると、私は急いで家に帰った。
いつもなら友達とお喋りしながら帰るのだけど、今日は特別な日。
今日、11月2日は私の妹――亞里亞ちゃんの誕生日なのだ。
だから少しでも早く帰って身支度を整え、プレゼントを手に亞里亞ちゃんのお屋敷に向かった。


亞里亞ちゃんの住むお屋敷は、本当にお城のような佇まい。
普通の一般住宅に住んで入る私には想像もつかない程の大きな敷地。
そこが私の妹であり、今は別々に暮らしている亞里亞ちゃんの家、お屋敷なのだ。
そのお屋敷の門の前には、ヒラヒラしたドレス姿のお姫様と、少し後ろに立つメイドさんがひとり。

「あ、姉や〜♪」

お姫様は私の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
ドレスを翻す姿は、まるで0時を迎えたシンデレラ。ただ、駆ける理由は全くの逆だけど。
私は、駆け寄って来たお姫様を受け止め、ギュッと抱きしめた。

「姉や、来てくれました♪
 亞里亞……とっても嬉しいです♪」

「ふふっ。勿論よ。
 私が、亞里亞ちゃんのお誕生日のお祝いに来ない訳ないでしょ?」

そう言って、私は亞里亞ちゃんから放れる。
すると、さっきまで嬉しそうだった亞里亞ちゃんの表情が少しだけ曇った。
甘えん坊な亞里亞ちゃんは、私に抱きしめられている時が一番嬉しそうに笑っている。
だから一番嬉しい事をやめられ、不満や悲しさが小さな胸の中に芽生えているのだろう。
もっとも、それは抱きしめる私の方も同じ。私は亞里亞ちゃんを抱きしめるのが好きであり癖。
亞里亞ちゃんの身体は小さく柔らかい。腕の中にすっぽり収めると、抱き心地がとても気持ちいい。
だけど今は仕方ない。我慢我慢。何故なら、抱きしめたままではプレゼントも渡せないからだ。

「ハッピーバースデー、亞里亞ちゃん♪
 私からのバースデープレゼントのウサギさんよ♪」

私はニッコリと微笑んで、プレゼントを手渡した。
亞里亞ちゃんのイメージに合った、ふわふわとしたウサギのヌイグルミ。
受け取った亞里亞ちゃんは、さっきまでの曇った表情が一変、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「うわぁ〜♪ 姉や、ありがとう♪」

亞里亞ちゃんはヌイグルミをギュッと抱きしめて、頬ずりをする。
その姿はとても可愛らしく、思わずもう一度抱きしめたくなりそうな程。
私はそんな亞里亞ちゃんの姿を見て、心の底から嬉しさが込み上げてきた。
ただ、それはプレゼントを喜んで貰えたからではない。勿論、それも理由の1つ。
だけど本当の理由は、“あの”亞里亞ちゃんがこんなにも笑顔を見せてくれているから……――。

「まぁ。よかったですね、亞里亞様。
 咲耶様から、こんなにも素敵なプレゼントを頂いて」

飛びかけた思考がその言葉で戻った。
言葉を発したのは、亞里亞ちゃんの後ろに立っていたメイドのじいやさんだった。

「ようこそお越し下さいました、咲耶様」

「こんにちわ、じいやさん」

私はじいやさんに挨拶をする。
何故か女性なのに『じいや』だけど、亞里亞ちゃんがそう呼んでいるからそうなったらしい。
本人は諦めたらしく、私にも「じいやとお呼び下さい」なんて言っていたりする。

「さぁ。亞里亞様。早くお屋敷の中にお入り下さい。
 いつまでも外にいては、亞里亞様も咲耶様も風邪を引かれてしまいますよ」

じいやさんの言葉に、亞里亞ちゃんは「は〜い」と返事をする。
いつもだったらちょっぴり不満そうに返事をするのだけど、私からのプレゼントでご機嫌なのだろう。
素直にじいやさんの言葉に従って、亞里亞ちゃんはお屋敷の門を潜ると、クルリと振り返った。
そして私のを方を見つめ、ちょこんとスカートの裾をつまみ上げてお辞儀をする。

「姉や……ようこそ、なの♪」

その仕草は、子供ながらも貴婦人の姿だった。





亞里亞ちゃんのエスコートで、私はお屋敷の中を進んで行く。
何でも、今日は亞里亞ちゃんと私の2人っきりのバースデーパーティーを準備しているらしい。
明日は祝日でお休みだから、亞里亞ちゃんの部屋に泊まれるようにベッドまでも用意しているとの事。
事前にじいやさんからその話を聞かされていたから、私は勿論着替えも準備している。

「今日はたくさん遊びましょうね、亞里亞ちゃん」

「はい♪」

私の言葉に、亞里亞ちゃんはニッコリと微笑む。
その胸の中には、私がプレゼントしたヌイグルミがギュッと抱きしめられている。
歳相応の無垢で純粋な姿。それは当たり前の姿なのに、とても大切なものに感じてしまう。
だけどそれは仕方なかった。昔の――私がはじめて会った頃の亞里亞ちゃんは、今とは全く違う。
その頃の亞里亞ちゃんは、今みたいに笑顔や感情を見せたりしない『人形』の様だったのだから。



元々私達は血の繋がりはない。
両親の再婚によって姉妹になったのだ。
そして数年前、私と亞里亞ちゃんが姉妹になった日、私達は出会った。

『こんにちわ、亞里亞ちゃん』

亞里亞ちゃんとの初対面の時、私は少し緊張していた。
それははじめて会うからよりも、亞里亞ちゃんの家の大きさからの緊張。
亞里亞ちゃんの家は大きい。その家柄の恥になるような失態をしたくなかった。
だからいい印象を持たれるように、緊張しながらも笑顔で挨拶をした。だけど――

『よろしくお願い致します、姉や様』

亞里亞ちゃんから返ってきた言葉はそれだった。
今日私をお迎えした時みたいに、スカートの裾をつまみ上げてお辞儀。
ニッコと静かに笑った。だけどその表情は無表情。どこか作り物の笑顔にしか見えなかった。
その後も色々お話をしたけど、亞里亞ちゃんが口にする言葉はどこか冷たさがある。
私や周りの人に見せる笑顔も形だけの笑顔。心から微笑んでいるようには見えない。
私は、亞里亞ちゃんからは子供らしさを感じられなかった。否。人間らしさを感じられなかった。
私が抱いた亞里亞ちゃんの第一印象、それは『人形』だった。

私は、どうして亞里亞ちゃんが人形の様になったのか疑問を抱いた。
その疑問を解決する為に、亞里亞ちゃんの実の親であるお母様に聞こうと思った。
だけど、初体面の翌日には仕事で海外へ行ってしまい、聞く事ができなかった。
更に、普段のお母様は海外にいる事の方が多く、会えるのも年に数回程度。
それでは直接会ってを聞く事ができない。勿論、電話も考えたけど、やっぱり直接話を聞きたかった。
そうして原因がわからないまま、私は人形のような亞里亞ちゃんと過ごす事になった。
ただ、正直に言って、どう接していけばいいのかわからなかった。
話をすれば答えてくれる。別に無視をする訳じゃない。だけど、その反応が無表情で機械的。
本当に人形を相手に話をしているようで、私は亞里亞ちゃんと過ごす事を苦痛に感じていた。
じいやさんから、あの話を聞くまでは。

『申し訳ありません、咲耶様。
 少しだけ、私の話を聞いていただけませんか?』

その日も私は亞里亞ちゃんの家に来ていた。
住んでいる家はお互いに違うのだけど、放課後に寄るようにお父様に言われていたのだ。
理由は姉妹の交流。私と亞里亞ちゃんが早く仲良くなって欲しいからだろうけど、私は苦痛だった。
それでその日も亞里亞ちゃんのお屋敷で2時間程過ごし、そろそろ帰ろうかと思った時だった。

亞里亞ちゃんのお世話係りであるじいやさん。
会話をした事は殆どなく、この時がはじめてと言ってもいいくらいだった。
私としては早く帰りたかったのだけど、じいやさんの真剣な表情にその考えは薄れた。
何より、じいやさんが口にした次の言葉で、私の興味はそちらに向いた。

『………亞里亞様の事です』

じいやさんの言う『亞里亞ちゃんの事』とは、私が最も知りたかった事。
どうして亞里亞ちゃんが人形の様な振る舞いをするようになったのか、じいやさんは話してくれた。

亞里亞ちゃんのお母様は名家の出身。
本人も母国であるフランスに大きな会社を持つ社長。
その娘である亞里亞ちゃんにも名家の血は流れ、更には社長令嬢なのだ。
一般人の私から言わせれば、それはとても羨ましい事に思えてしまう。
だけど、実際は――じいやさんの話を聞いた今は、その逆の気持ちしかない。

亞里亞ちゃんは名家の出身や社長令嬢として生まれた。
今はお母様がいるけど、いつの日かその全てを継がなければならない。
その日が来た時の為、家を護る為に、亞里亞ちゃんは幼い頃から英才教育が施された。
『英才教育』と言えば聞こえはいい。だけど、その教育が亞里亞ちゃんから感情を奪った。
実際、じいやさんの話だと、小さい頃はまだ亞里亞ちゃんも笑ったり泣いたりしていたそうだ。
だけど歳を重ねる毎に教育は厳しくなり、それに比例して感情のない人形の様になってきたのだ。

『お願いします。
 亞里亞様を………亞里亞様の心をお救い下さい!』

じいやさんは涙を流しながら頭を下げた。
彼女も、人形の様な亞里亞ちゃんの事を気にかけていたのだ。

それからの私は、亞里亞ちゃんに対する接し方を変えた。
放課後は勿論の事、休みの日は必ずと言っていい程会いに行くようになり、
そうして作った時間を使い、亞里亞ちゃんの話し相手や遊び相手になるようになった。
やっぱり子供らしさを取り戻すのには、普通の子供のように遊んだりする方がいいと思ったからだ。
本当なら、そもそもの原因である英才教育をやめさせるか減らすかした方がいいのだけど、
血の繋がりを持たない私が言ったところで、お母様がそうしてくれる可能性は低い。
だから原因をなくす事ができないのなら、少しでも楽しい時間を過ごして、緩和させる方法を取った。
勿論、最初から上手くいくとは思っていない。根が深い所為で、時間をかける必要がある。
実際、亞里亞ちゃんの方から雑談をしてくるようになるまで1ヶ月もかかった。
だけど少しずつでも、前に進んでいる。ただ、ゆっくりと進んでいるだけ。
私は妹である亞里亞ちゃんが感情を取り戻す為なら、時間を惜しまなかった。
最初の頃は苦痛に感じていたはずなのに、亞里亞ちゃんと一緒の時間を過ごすようになっていた。



「……姉や?」

小さな、亞里亞ちゃんの声が聞こえた。
ふと気づけば、いつの間にか亞里亞ちゃんの部屋の前まで来ていた。
どうやら昔の事を思い起こし、思考の渦に呑まれている間に着いたみたいだ。

「どうしたの、姉や?
 ずーっと黙ってて……お顔がちょっと怖い……くすん」

「わっ!? な、何でもないのよ、亞里亞ちゃん。
 ただ、ちょっと考え事してただけだから、別に怒ってる訳じゃないの」

私は慌てて笑顔を作った。
過去の事を思い起こしていた所為で、亞里亞ちゃんに不安な思いをさせた。
亞里亞ちゃんに笑顔でいてもらいたい私からすれば、逆に悲しんだりしている時は非常に困る。

「くすん……ホント?
 姉や、じいやみたいに怒ってないの……?」

「えぇ。勿論よ。今はその逆で凄く嬉しい。
 だって亞里亞ちゃんのお誕生日なのよ? 亞里亞ちゃんが、また一歩大人になった事が凄く嬉しいわ」

それは私の本音の言葉。
自分の大切な妹の誕生日なのに、嬉しくない訳がない。
私はニッコリと微笑むと、薄っすらと涙を浮かべている亞里亞ちゃんの頭を優しく撫でた。
亞里亞ちゃんの髪は、お手入れがキチンとされているのか、綿飴みたいにふわふわして柔らかい。
髪を撫でられている側じゃなくて、撫でている側の私の方が気持ちよくなる程。
しかも亞里亞ちゃんと私の身長差を考えると、中々撫でやすい位置に頭がくるのだ。
だから抱きしめるのとは別で、私が亞里亞ちゃんによくする癖の1つになっている。
勿論、撫でられている側の亞里亞ちゃんは気持ちいいのか、悲しげな表情が一変し笑顔になっていた。
私は亞里亞ちゃんが笑顔になった事が嬉しく、ついその小さな身体をギュッと抱きしめる。

今の亞里亞ちゃんは笑顔だ。
はじめて出会った頃は全く見せる事がなかった感情――笑顔。
最初の頃は人形の様だった亞里亞ちゃんが、今では泣いたり笑ったり、コロコロと表情を変えている。
まだ普通の子供に比べると感情表現が劣るかもしれないけど、私と接する事でよくなってきている。
それにお母様にお願いして、息抜きをする時間を前よりも多く取って貰った。
実は、亞里亞ちゃんの事を心配していたのは、私やじいやさんだけではなくお母様もだったのだ。
だから私の話を聞いたお母様は、その原因である“勉強中心の英才教育”をすぐに止めて、
今度は“勉強と息抜きの為の遊びを両立させる英才教育”をプランして実行させた。
それも亞里亞ちゃんの感情を取り戻す要因になったのだ。

「……姉や」

抱きしめられた亞里亞ちゃんが私を呼ぶ。
まるで子供が母親に甘えるように、そしていつも私にお願いする時の口調。
私が「なぁに?」と返事をすると、亞里亞ちゃんはその口調のまま言葉を口にした。

「いつまでも……亞里亞のお傍に、いてくれますか?」

「えぇ、勿論よ。私は、ずっと亞里亞ちゃんの傍にいてあげる」

亞里亞ちゃんは幼い。
傍から離れると、何が起こるのわからない。まだまだ不安で心配なところがある
勿論、それらが取り除かれても、亞里亞ちゃんは私にとって大切な妹なのだから傍にいるのは当たり前。
それに、何よりも私は亞里亞ちゃんの笑顔をずっとずっと護っていきたい。
亞里亞ちゃんが今私に見せている笑顔は、失っていた感情を取り戻した証。
その証を護り続ける為に、私は亞里亞ちゃんの傍にいたい。
亞里亞ちゃんは、もう感情を持たない人形なんかじゃないのだから。












END














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