――夢。
白いまどろみの中、夢を見ている。
一体いつから見ているのだろうか。一体何の夢を見ているのだろうか。
楽しい夢? 悲しい夢? 幸せな夢? 辛い夢? 判らない。わたくしには―――何も判らない。
でも、これだけは言える。



わたくしは、この夢を見ている時が幸せなのだと。



「マリエちゃん。朝よ、起きて」

声が――わたくしを呼ぶ声が聞こえる。
それは遠くから、夢と現の狭間から聞こえてくる誰かの声。
女の人の声だ。女の人が、わたくしを夢の世界から連れ出そうとする。
深く眠りについているわたくしを、夢から目覚めさせようとしている。
嫌だ。わたくしは覚めたくない。このまま夢を見続けていたい。夢の世界に居続けたい。
耳を両手で塞ぐ。これで声は聞こえない。わたくしの邪魔をする声はもう―――キコエナイ。

「ほら。いつまでも寝てないの」

何故? 何故何故何故何故何故なぜなぜなぜなぜナゼナゼナゼナゼナゼッ
耳を塞いだはずなのに、何故聞こえてくる? 何故わたくしを起こそうとする。
それに何故、この声は懐かしく聞き覚えがあるのだろう――――――――――――――――ナゼ?

「もう。せっかく皆でお見舞いに来たのに………」

「仕方ないですよ。
 マリエちゃん、昨日は熱を出して倒れたんですから。まだ寝かせてあげた方が」

「そうだよ。カレンちゃんの言う通り。
 まだ熱っぽいし、寝かせてあげた方がいいよ」

声がたくさん聞こえてきる。
皆、聞き覚えのある――とても懐かしい声。
そうだ。わたくしはこの声を知っている。この声を発している人達を知っている。
このこの人達は、わたくしを起こそうする人は―――そう、わたくしの大切な―――

「……んっ。あねうえ…さ、ま……?」

目を開ける。
眩しい光が両目に差し込み、視界が真っ白になる。
それはほんの一瞬の事。少しずつ、視野がはっきりとしていき、鮮明に映し出されていく。
白い部屋。ここはわたくしが入院している病室。普段は自分1人だけで寂しい場所。
でも、今は賑やかになっている。何故なら、この病室にはわたくし以外に11人の女の子がいるから。

「あ、マリエちゃん。起きたよ」

わたくしが目覚めた事に気がついたヒナコちゃんが言う。
その言葉に、他の皆の視線がわたくしの方に向けられる。

「おはよう、マリエちゃん。
 ごめんなさいね、私達が騒いだ所為で起こしちゃったみたいで」

亜麻色の髪を靡かせた女の人が、わたくしに謝る。
この声――そうだ、この人がわたくしを目覚めさせた人。わたくしの大切な人だ。

「いいえ。ずっと寝ているのも逆に身体が弱くなりますから。
 それに昨日よりも体調がいいので、気にしないで下さい、姉上様」

「……え? 『姉上様』……?」

一瞬、姉上様は眉をひそめた。
そしてわたくしが口にした言葉、『姉上様』という言葉を不思議そうに呟く。
一体どうしたのだろう。何かわたくしは間違っていたのだろうか。
何故、姉上様はそんな不思議そうな表情をしているのか、
姉上様の表情が何を意味しているのか、わたくしには―――判らない。

「あの……どうかしました?」

「あ、うぅん。何でもないわ。
 ただ、どうして私の事を『姉上様』って呼ぶのかなぁって」


――パリン


「え? どうしてって……」

姉上様は『姉上様』のはず。
彼女はわたくしにとっての『姉上様』なのだから、それでいいはず。
間違っていないと思う、その呼び方は。ずっと昔から、彼女の事をそう呼んでいた。
だってわたくしと彼女は姉妹。わたくしは妹で彼女は姉なのだから――


――パリン


「……いえ。違う」

間違いに、気づいた。
どうして間違えなんてしたのだろう。
とても大切な人の事を間違えるなんて、どうかしている。
まだ少し熱っぽい所為で、『脳』というわたくしのパソコンが上手く起動していないのかもしれない。
深く深呼吸をして、新鮮な酸素を脳に送って、乱れた心を落ち着かせる。
そう。わたくしと彼女は姉妹。わたくしは妹で彼女は姉。だから彼女の呼び方は、そう。

「お姉さま」

この春“姉妹の契り”を果たした。
わたくしの1つ年上の幼馴染である彼女と。本当の姉のように慕っていた彼女と。
お互いに想い合って、血の繋がりを超えた『血』以上の絆を結んだのだ。
だから前まで呼んでいた『姉上様』じゃなくて――

「ま、マリエちゃん? お姉さまって、私の事?」

「そうですけど。どうかしましたか、おねえさ――」


――パリン


“お姉さま”?
イヤ、違う。それは違う。わたくしと彼女との関係は幼馴染。
小学校の頃からいつも一緒にいて、一緒に遊んで笑って泣いて。
それで悪戯をしてくる男の子からわたくしを守って、慰めてくれる。
それが原因で抱きつく癖が出来てしまって、普段から抱きついてくる、わたくしの1番の親友。


――パリン


違う。これも違う。彼女はわたくしの1つ年上の先輩。
家も隣同士で、朝が弱いわたくしをいつも起こしに来てくれる。
一面白い雪に覆われた通学路を、一緒にお喋りしながら登校してくれる幼馴染。
その途中で、クラスメイトの男の子と女の子と会って――


――パリン


「……違う。違う違う違う違うッ」

頭を抑える。
頭が痛い。痛い痛い痛い痛い痛いッ
割れそうだ。何かで殴られたようだ。頭が割れそうに痛い。
否。“何か”が割れていく。わたくしの中にある何かが―――――ワレル。


パリィィィーーーン


「イヤァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

崩れていく。砕け散っていく。
わたくしが――わたくしの夢が崩れ、散っていく。
夢の終わり。わたくしが見続けていた夢の終わりが来た。

――イヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだッ
覚めたくない。わたくしは覚めたくない。覚めて現の世界に戻りたくない。
あんな辛さと悲しさしかない現の世界に戻りたくない。ずっとずっと夢の世界にいたい。
まだ眠っていたい。ずっとずっと眠っていたい。このわたくしの望む夢の世界に居続けたい。
二度と起きれなくていいから――否。二度と起きたくないから、わたくしの望むユメの世界に―――



―――イタイ。



パリィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ




ユメが終わる。
硝子のように崩れ、ユメが砕け散った。






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