「ほら。鞠絵ちゃん、起きて」

声が聞こえる。
まどろみの中、わたくしの事を呼ぶ声が聞こえる。
ほんの数分前まで夢の中にいた所為で、まだ完全に覚醒出来ていなくて朦朧とする。
目を開けたくても目蓋が重くて、更に身体はまだ夢の世界にいたいと言っている。
だけど、このまま寝てしまう訳にもいかないから、必死に睡魔と戦って目を開ける。

「……んっ。朝……?」

「そ。朝よ。鞠絵ちゃん」

「……あ、咲耶……ちゃん?」

眩しい朝陽の中にある顔。
太陽の眩しさに負けない程の輝きを持つ笑顔の少女。
幼馴染である咲耶ちゃんがわたくしの目の前にいる。

「グッモーニング、鞠絵ちゃん♪」

「おはようございます。咲耶ちゃん」

咲耶ちゃんに挨拶をして、サイドボードに置いてあるメガネをかける。
メガネをかけたおかげで少しぼやけていた視野が鮮明になり、咲耶ちゃんの顔がはっきりと見える。
同性のわたくしですら見とれてしまう程の綺麗な顔が。

「うん? どうしたの、私の顔じーっと見て?」

「いえ。別に何でもありません。
 それより、いつもすみません。わたくしのお迎えにきてくれて」

「いいのよ。隣なんだし、私達は幼馴染じゃない」

「でも、親しき仲にも礼儀、です」

咲耶ちゃんはわたくしの幼馴染。
家も隣同士で、小さい頃からいつも一緒にいる1番の親友。
心も身体も弱いわたくしの事を守って支えてくれる人なのだけど、
わたくしより1歳年上というのもあって、親友というよりお姉さんみたいな存在でもある。
実際、咲耶ちゃんもわたくしの事を「可愛い妹みたい」と言っていた事もあり、
わたくし達は幼馴染の親友なのだけど、ある意味『姉妹』みたいな関係でもある。
でも、幾ら親しくても礼儀は弁えないといけない。

「では、着替えますからリビングで待っていて下さい」

「判ったわ。でも、あまり時間がないから急いでね」

言って、咲耶ちゃんは部屋を出て行く。
時計を見てみると、7時40分過ぎ。確かにあまり時間がない。
わたくし達が通う学校は8時半までに登校しないと遅刻。
ここからだと歩いて20分程だから、後30分で準備をしないと厳しい。

ベッドから出ると、急いで制服に着替える。
赤で統一されたワンピース風の制服で、胸元のリボンがアクセントになっている。
リボンは緑・赤・青の3色があって、それぞれが学年を表している。
2年生であるわたくしは赤い色のリボン、3年生である咲耶ちゃんは青色のリボンだ。
デザインはとても可愛らしいのだけど、冬場は寒いのが欠点。
だけど女の子には人気があって、この制服が着たいから学校を受験する娘までいる。

「でも、寒いです」

デザインよりも実用性を重要にして欲しかった。
部屋を出ると、冬の寒さに身体を震わせて洗面所の冷たい水で顔を洗う。
冷たい水道水が、寝ぼけ眼のわたくしを覚まさせてサッパリさせる。
リビングへ向かうと、先に下へ行ってもらった咲耶ちゃんがテレビの占いを見ていた。
わたくしはダイニングのお母さんに挨拶をすると、テーブルに並べられた朝食を食べる。
こんがり狐色のトーストにイチゴジャムを縫って頬張っていく。
ご近所の水瀬さん特性のイチゴジャムは甘くてとても美味しい。わたくしのお気に入りだ。
もう1つ、原材料不明のオレンジ色のジャムがあるけど、あれは味が独創的過ぎてちょっと。

「うん。美味しいです」

「でも、あまりのんびり出来ないわよ」

確かに。時刻はもう8時も過ぎている。
そろそろ出ないと、遅刻を防ぐ為に全力疾走しないといけない。
行儀が悪いけど、わたくしは6分の1程になったトーストを一気に頬張って紅茶で流し込む。

「行って来ます、お母さん」

「行って来ます、伯母様」

2人でお母さんに挨拶をして、家を出る。
12月になり、朝方は特に風も空気も冷たく肌寒い。
吐き出す息も白く、昨日の内に積もった雪と一緒に寒さをより感じさせる。
サクサク、と降り積もった真新しい雪の絨毯の上を2人並んで踏み締めて行く。
時刻は歩いてちょうど予鈴が鳴る頃か、その前に学校に着く時間帯。
走れば充分に余裕を持って学校に着けるけど、わたくし達はそれをしない。
見慣れた、白い雪に覆われた通学路を、咲耶ちゃんとお喋りしながら歩いて行く。

他愛ないお喋り。今日ある授業の事や放課後をどう過ごすか。クリスマスの事。
他にも色々なお喋りをしながら歩いて行く。――と、少し前に見知った生徒が2人いた。
青色のロングヘアーを靡かせる少女と、その隣を走る男の子。
2人の姿を確認して、わたくし達は小走りで近寄って2人の名前を呼ぶ。

「おはよう。名雪ちゃん、祐一くん」

「おはようございます。おふたりとも」

「え? あ、鞠絵ちゃんに咲耶先輩。おはよう♪」

名前を呼ばれて気がついたのか、2人は立ち止まる。
名雪さんはニッコリと挨拶を返すけど、相沢君は疲れ切った様子。
両手を膝についてゼイゼイと呼吸が荒くなって、挨拶をする気力がないみたい。
何故、相沢君が疲れ果てているのか―――理由は、聞かないでも判る。
2人はわたくし達の親友で、名雪さんと相沢君に至ってはわたくしと同じクラス。
家も近いからよく遊びに行くし、お昼休みとかも一緒に行動する事が多い。
だから、それなりに2人の家庭内の事情も知っているから、相沢君がこうなった理由も判る。

「大丈夫? 祐一くん」

「あ、あまり……大丈夫じゃない……」

咲耶ちゃんの問いかけに、相沢君は何とか答える。

「う〜。ごめんね、祐一」

「あ、謝るぐらいなら……自分で起きろ……」

「努力はしてるよ」

「努力しても自力で起きられないんなら意味がないだろッ」

少し回復したのか、相沢君はガバっと起き上がって名雪さんの頬を引っ張る。

つまりはこういう事。
名雪さんは朝が非常に弱く、目覚まし時計を10個以上セットしても起きない。
信じ難いけど、実際に2人の家――相沢君は名雪さんの従兄弟で現在居候中――に泊まった事がある。
その時、わたくしは名雪さんの部屋に泊まったのだが、部屋には大量の目覚まし時計があった。
最初は趣味で時計を集めているのだと思ったけど、寝る前に名雪さんが全てセットしていた。
そして、朝になった瞬間、わたくしは大量の目覚まし時計による大合唱によって目が覚めたのだけど、
その中で名雪さんは平然と眠っていた。その後、相沢君の手によってやっと目が覚めたのだ。
ただし、起こしたとしても二度寝をしてしまう場合があるから手に負えない。
その所為で、名雪さんと相沢君は遅刻寸前。2人の全力疾走による登校は、いつもの事なのだ。

「そうよねぇ。あの目覚ましだってタダじゃない訳だし」

「だろ? しかもまた増やしてるんだ。
 何個あっても同じなんだから、その金を少しは別の事に使えばいいものを」

「起こせない目覚まし時計に意味はあるのでしょうか?」

思わず、溜息が出る。
その溜息の原因である名雪さんは、というと――

「うぅ〜〜。3人とも、もしかして酷い事言ってる?」

頬を膨らませて、そんな事を言っている。
これもいつもの事で、この後わたくし達が返す言葉もいつも通り。

「「「そんな事ない(ぞ・わよ・ですよ)」」」

「うぅ〜〜〜」

より不満げになる名雪さん。
いかにも『怒っている』といった表情でわたくし達をじっと見る。
だけど正直に言って、少し子供っぽい顔立ちの所為であまり怖くない。
それに、この遣り取りはいつもの事だから、わたくし達はもう慣れてある意味楽しんでいる。

「さて。いつまでも名雪で遊んでいる訳にいかないな」

「そうね。名雪ちゃんで遊ぶのは楽しいけど、遅刻だけはしたくないわ」

「うぅ〜〜。やっぱり酷いよ、2人とも〜〜」

怒った名雪さんは、ポカポカと相沢君を叩く。
だけど女の子が叩かれても痛くないから、相沢君は笑ったまま。
それで更にポカポカ叩くけど、そんな反応が面白いから相沢君や咲耶ちゃんに遊ばれるのだ。

「悪い悪い。ほら。急がないと本当に遅刻するぞ」

「わ。待ってよ、祐一〜〜」

名雪さんから逃げるように相沢君は走り出す。
そんな相沢君を追いかける名雪さん。こんな2人の遣り取りもいつも通り。
そして――

「それじゃ、私達も急ぎましょうか」

咲耶ちゃんは手を差し伸べる。
白くて細い、綺麗な手。わたくしは、その手をそっと取る。

「はい。咲耶ちゃん♪」

2人並んで駆け出す。
ゆっくりと、走るのが苦手なわたくしに合わせた速さで。
名雪さんと相沢君の遣り取りと同じで、わたくし達の遣り取りもいつもの事だ。






戻る 次へ





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送