白い冬の精霊が、ゆっくりと舞い降りる。
それは今にも舞うのをやめ、厚い雲の隙間から太陽が顔を覗かせそうだ。
差し出した手の平に舞い降りた妖精は、私自身の体温に一瞬にして解けて消え去る。
手の平に残る小さな水滴が、妖精が舞い降りたという名残を思わせる。
とても儚く、それでいてとても綺麗な贈り物。最高のクリスマスプレゼントといえるだろう。

「うわぁ〜♪ ママ、雪だよ、雪♪」

「こら。そんなにはしゃぐと転ぶわよ」

今年はじめてとなる雪に、愛娘は大喜び。
舞い降りる雪を全身に浴びて、まるで舞踏会のお姫様のように、ヒラヒラしたスカートを翻す。
5歳になる私の可愛い娘。私の大切な、世界で一番大切な宝物。そして私の――

「ほら、捕まえた♪」

「きゃ〜〜〜♪」

私は無邪気なお姫様を抱きしめた。
元気よく遊び回るのはいい事だけど、怪我をしてしまいそうで怖い。
前日に振った雨の所為で地面も濡れている。もしも滑って転んだら怪我をしてしまう。
過保護と言われそうだけど、私はこの子に怪我をさせたくないのだ。

私はそのまま抱きかかえると、雪の舞う街を歩いていく。
普段自分が見る視線より随分高くなり、お姫様はキョロキョロと視線を動かしてはしゃぐ。
子供らしい好奇心に溢れた行動に、私は微笑ましく思い、笑みが耐えない。
私にもこんな頃があったのだろうか。自分の子供の頃を思い出してみると、確かにあった。
花が咲き乱れる春も、日差しの熱い夏も、紅葉が綺麗な秋も、今みたいに雪の降る冬も、
四季の事なんか関係なく、私はいつも好奇心で胸をいっぱいにして走り回っていた。
あの子が、まだ元気だった頃は特に――

「どうしたのママ? お顔が悲しいって言ってるよ?」

「うぅん。何でもないわ。
 ただ、ちょっと昔の事思い出しただけなの」

お姫様の言葉に私は笑顔を作る。
ただ昔の事を思い出しただけ。だけどそれはとても悲しい想い出。
ほんの少し思い出しただけなのに、私の胸の中に悲しみが広がっていく。
たった1滴の雫を心に落としただけなのに、それが大きな波紋を作って私の心が揺らぐ。
私にとって思い出したくない悲しい記憶だけど、忘れてはいけない大切な想い出だ。

「それより、もうすぐ着くわよ」

言って、歩くペースを速める。
クリスマスムードに包まれた街のざわめきが遠い。人の姿も殆どない。
街から離れ静けさというよりも寂しさが漂うこの場所。ここは墓地だ。
私は黙って墓地の敷地内を歩き、1つのお墓の前で足を止めた。
そして抱きかかえていたお姫様を降ろすと、そのお墓と向き合った。

「………久しぶり、鞠絵ちゃん」

小さな声。私が口にした声はとても小さく、吹き上げた風に掻き消された。
だけど私は気にせず、持ってきた花束を活ける。

「ほら。貴女も手を合わせて」

「は〜い」

お姫様と一緒に、手を合わせる。
このお墓は私の大切な妹だった鞠絵のお墓。
鞠絵は自分の命が後僅かと知り、最後に幸せな想い出を作りたくて病院を抜け出した。
長い入院生活で自由を失った鞠絵が胸に抱いた、最後のお願い。
無事に退院して私と一緒に暮らす、というとても平凡で悲しい夢を叶える事が出来なかった。
だから、せめてほんの一時でもいいから鞠絵が抱き続けた夢を叶えてあげたくて、
私は、本来なら妹の自殺行為に等しい行動を止める立場にあった私は、逆に手を貸してしまった。
その結果、鞠絵はクリスマスの日にその短い人生を終えた。もう7年も前になる。

鞠絵の死後、私は泣いてばかりいた。
あの時、私が鞠絵を連れ出さなければ、もしかしたら死なずに済んだかもしれない。
外に出ずに病院で安静にしていれば、少なくとも鞠絵はあの日に死なずに済んだ。
もしかしたら、その後暫くして鞠絵の病気の特効薬が出来て、助かったかもしれない。

鞠絵は死の寸前、私に『ありがとう』といって微笑んでくれた。
自分を愛してくれた事に対し、最後に自分が望む自由を手に入れさせてくれた事に対して。
鞠絵はあの結末に満足していたのかもしれない。そうでなければ笑顔でいれるはずがない。
例え命を落とす事になっても、最後に幸せな想い出を手にする事が出来て、幸せだったのかもしれない。

だけど、どうしても私は自分がした行動を悔やんでしまう。
悔やんで悔やんで、泣いてばかりいた。そんな私を励ましてくれたのが、夫となった人。
彼は泣いてばかりいる私をずっと励まし支えてくれた。そしていつしか恋が芽生え、私達は結婚した。
今は仕事の関係で離れて暮らしているけど、彼は私に生きる希望である愛娘を与えてくれた。そして――

「帰りましょうか、鞠絵」

「うん♪」





――神様。
私はあなたにお礼を言いたいです。
あなたは私達から幸せを奪いましたけど、逆に私達に幸せを齎してくれました。
幸せを奪ったあなたを私は恨みましたけど、逆に幸せを齎したあなたにお礼を言わせて下さい。





――神様。





鞠絵の最後のお願いを叶えて下さってありがとうございます。
私を再び『鞠絵』と再会させて下さってありがとうございます。





例え『鞠絵』の姿や立場が変わっても、
妹だった『鞠絵』が私の娘として生まれてきても、
姉だった私が『鞠絵』の母親として生きていく事になっても、



私と鞠絵は確かに再会しました。
私はこれからずっとずっと鞠絵を愛し続けます。傍にい続けます。
鞠絵が妹だった頃、ずっと夢見続けていた『私との生活』を叶えていきます。



それがこの奇跡を齎して下さった神様に対する、私からのお礼です。










そして――










もし、許されるのなら。
私は最後に、もう一度だけあなたにお願いをしたいです。





こことは違う、どこか別の世界。
私達が暮らすこの世界と、また違った可能性のある世界。




「えっと、これで荷物は全部なの鞠絵ちゃん?」

「はい。殆どの家具は病院の物なので。
 わたくしの私物は洋服や小物類が殆どなんです」

「だからって、まさか衛に借りたスポーツバック1つで足りるなんて。
 よし。ここはお姉さんが、可愛い妹の退院祝いで洋服とかいっぱい買ってあげるわ♪」

「そ、そんな、いいですよ。
 咲耶ちゃんには入院中に大変お世話になったのに、お祝いに服だなんて」

「いいのいいの。遠慮しない♪
 私は鞠絵ちゃんの事大好きだもん。それぐらい当たり前よ♪」

「で、でも……」

「ホント鞠絵ちゃんって遠慮がちよねぇ。
 でも、退院祝いの贈り物はさせて。私からのお願い、というか我侭」



その世界の私と鞠絵はどんな関係なのかは判らない。
もしかしたら他人同士かもしれないし、姉妹なのかもしれない。
今の私達みたいに親子なのかもしれないし、別の愛を育んでいるのかもしれない。
それは判らない。判らないけど――




「さて。そろそろ家に帰りましょうか。
 皆、鞠絵ちゃんの退院パーティーの準備して待っているわ」

「はい」



私は神様にお願いしたいです。




「鞠絵ちゃん。退院おめでとう」

「ありがとうございます、咲耶ちゃん」



他の世界の私と鞠絵に、幸せな想い出を齎して下さい、と――












END







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