『このままだと、後一月と持たないかもしれん』


それは偶然だった。
約一ヶ月前、わたくしは偶然にも姉上様と先生達の会話を聞いた。
最初はわたくしの治療方針か何か別の治療法を試すのを薦めているのかと思った。
過去に何度かそういった話で姉上様が、担当医である霧島葵先生に呼ばれた事があった。
だけど3人の話を聞いていく内に、それがわたくしの病状の話だというのが判った。
薬の効果があまり期待出来るものではない。病状は少しずつ、確実に身体を蝕んでいる。
ショックだった。病状の回復を期待して受け続けた治療が殆ど効果がなかった。
一体、それまで続けていた治療法を信じていたわたくしのこの想いは何だったのだろうか。
余りにも信じられない先生達の言葉と現状。そして、死の宣告ともいえる一言。


この時からだろう、わたくしが全てに絶望したのは。
辛く悲しい現を捨て去り、幸せに溢れた夢の世界へと逃げ込んだのは。
いつか必ず来ると信じていた姉上様との暮らし――わたくしの願いが砕け散ったのは。


「お誕生日おめでとうございます、姉上様」

「ありがとう、鞠絵」

今日は12月20日。姉上様の誕生日。
わたくしが病院から出られない為、病室で行われる2人だけのパーティー。
他の参加者はいない。姉上様と2人っきりで過ごしたくて、わたくしがお願いした。
あの偶然聞いてしまった死の宣告から、今日で約一ヶ月経とうとしている。
葵先生の言葉通り、最近は頻繁に強い発作や激しい頭痛・嘔吐に見舞われている。
もう、わたくしには時間がない。わたくしに限られた時間は後僅かなのだと、感じ取れる。
だから姉上様の誕生日を祝えるのもこれで最後。最後だからこそ、2人っきりで過ごしたかった。
わたくしのそんな想いが判るのかそうではないのか、姉上様は快く了承してくれた。

「こういった物しか用意出来ませんが、わたくしからのプレゼントです」

この日の為に用意していたプレゼントの包みを渡す。
受け取った姉上様はとても喜んでくれて、笑顔で「開けていい?」と言った。
勿論、わたくしはその言葉に「はい」と答えた。

「あ、マフラーね。しかも手作りじゃない」

「えぇ。今の季節は冷えますから、姉上様が風邪を引かないようにと思いまして」

「ありがとう。嬉しいわ」

お礼と共に笑顔をわたくしに向ける。
とても嬉しそうな笑顔。その姉上様の笑顔を見れて、頑張った甲斐があったと思える。

「それにしても、鞠絵ってホント編み物上手よね。
 私じゃ、こんなに綺麗に仕上がりそうにないだろうなぁ」

「昔から手先を動かすのは好きでしたから。
 それに編み物をはじめてから随分経ちますし。慣れると簡単に出来ますよ」

わたくしが編み物をはじめたのはもう随分昔。
今はもう退院したのだけど、わたくしより少し年上のお姉さんに教えて貰ったのがきっかけ。
確かそのお姉さんが編み物をしているのをみて、それに憧れに近いものを抱いたからだと思う。
それで空いている時間を使って、お姉さんに編み物を教えて貰っていた。
ただ、最初の頃はどういう風に編んでいけばいいのか判らずに失敗だらけだった。
だけど流石に数年も続けると慣れてきて、今では自分の特技になっている。

「ん〜。慣れる前に投げ出しそう、私」

「そうでしょうか?
 姉上様なら、やるとなると徹底的に遣り込みそうですが」

「ものによるのよ。
 私って、余り手先は器用じゃないのよ。だから手先を使う事が苦手なのよね」

そういえばそうだった。
姉上様は物事に対して完璧を目指して、徹底的にする傾向にある。
絶対に妥協はせず、その為には時間や手間がかかっても構わないという性格。
だけど、そんな姉上様がただ1つ妥協――というか挫折したのが手先を使う事。
姉上様はあまり手先が器用じゃなくて、その所為で手先を使う事が苦手。
料理はそれなりに出来るようになったと聞いているけど、苦手な事に変わりないらしい。

「わたくしでよければお教えしますよ。
 この際ですから、姉上様の苦手な事を克服しましょうか」

だから敢えてそんな事を言ってみたりする。

「有難いようだけど遠慮するわ。
 反って余計に苦手意識が強くなりそうでコワイから」

案の定の答えを姉上様が言う。
予想通りの反応が面白くてつい笑みが零れる――と、自分に言い聞かせて笑みを作る。

姉上様は、わたくしがあの時の会話を聞いていた事を知らない。
わたくしが、殆ど効果のない薬に未来の希望を託して信じていると思っている。
あの死の宣告を、わたくしに残された時間が少ない事を、わたくしが知らないと思っている。
だからわたくしは、姉上様の前では姉上様が思っている『鞠絵』を演じなければならない。
姉上様もわたくしの前では笑顔でいてくれているけど、わたくしは見たのだ。
わたくしの死の宣告を聞いた時、姉上様が取り乱して大泣きしていたのを。

死の宣告は、わたしにとって大きなショックだった。
それまで受け続けた治療が殆ど効果がない事を知り、裏切られた気持ち。
わたくしが思い描いていた、姉上様との暮らしが踏みにじられた辛い気持ち。
それは姉上様にも同じ事がいえる。姉上様だって治療の効果を信じていたはず。
いつの日か、わたくしが無事に退院して、2人っきりの生活が送れると信じていたはず。
だからあの時、葵先生の話を聞いて涙したのだ。裏切られた辛さと悲しさに。
でも、姉上様はわたくしの前では決して涙を見せない。いつも必ず笑顔が耐えない。
長い入院生活で不安なわたくしを安心させるように、優しい笑顔を向けてくれる。
まるであの時の話を、死の宣告を聞いていないかのように普段通りに接してくれる。
だからわたくしも、姉上様の前では何も知らない『鞠絵』を演じなければいけない。
そうしないと、わたくしの前では普段通りの笑顔でいてくれる姉上様に申し訳ない。





でも――





「あ、そうだ。こんなに素敵なものをプレゼントして貰ったから、
 そのお礼に、クリスマスは私が鞠絵に素敵なプレゼントをしてあげるわ」

「クリスマスプレゼントですか?」

「えぇ。何がいい、鞠絵?」

「そうですね」

わたくしには1つ、どうしても叶って欲しい夢がある。
それは普通の人には当たり前の事だけど、わたくしには特別な事。
わたくしが心の底から望む夢――“姉上様と一緒に暮らしたい”という夢が。
だけど、その夢は決して叶う事のないただのユメだという事を理解している。
あの死の宣告を聞いた時から。わたくしに残された時間が後僅かなのだと知った時から。

「あ、では。これがいいです」

わたくしの夢は決して叶う事のないただのユメ。
どんなに強く望んでも、神様に祈りを捧げて、わたくしに残された時間は後僅か。
それはとても悲しい事だけど、決して変える事が出来ない辛い事実――運命。
人は運命には逆らえない。例えそれがどんなに信じ難いものだとしても。
だからこそ、わたくしは限られた時間の中で、姉上様との最後の想い出が作りたい。
それが、わたくしの前では普段通りの笑顔でいてくれる姉上様の想いを裏切る事になっても。

「わたくしのクリスマスプレゼントは――――」







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