「どうしたの、何だか顔色悪いけど」

姉上様が心配そうに見つめる。
今日は日曜日。週一度、姉上様がお見舞いに来てくれる日。
この日だけは、わたくしの特別な日。悪夢のような現が幸せな夢のような一時になる瞬間。
普段は望まない覚醒が一変し、逆に望む覚醒――夢が覚めるのが待ち遠しくなる。

街から離れた、自然に囲まれた病院での長い入院生活。
病気を治す為とはいえ、わたくしには牢獄に囚われたようにしか思えない。
外の世界とは隔離され、親しい人、愛する人とは離され、医師の許可がないと外にすら出られない。
出歩く時は必ず看護婦さんの付き添いで、何ひとつ自分の自由に出来ない。
24時間という時間の殆どを病室で安静に過ごし検査をする。また次の日も同じ事の繰り返し。
幾ら本などの暇潰しの物があっても、こんな刺激のない暮らしを続けていたら逆にどうにかなりそうだ。
ある種の地獄・拷問にも思える暮らしの中で、唯一の楽しみが姉上様のお見舞い。
姉上様とお話をしている時、わたくしは全ての辛さや悲しさを忘れる事が出来る。

「いえ。大丈夫です。
 ただ、妙な……ではないんですけど、ちょっと変わった夢を見て……」

「夢? どんな?」

姉上様が興味津々といった表情で尋ねる。

「えっと。あまり面白い内容ではないのですが……」

少し、夢の内容を話すのを躊躇う。
別に人に話せないような内容という訳でも、自分が思い出したくもない内容という訳ではない。
ただ、自分が見た夢の内容を姉上様に話す事が、何だかしてはいけない気がするのだ。
夢というのは人の願望の現われ。実際に叶わない願いを、自分の世界の中で実現させようとするもの。
だからわたくしが見てきた夢は、わたくしが心の中で願った願望。
“姉上様と一緒に普通の暮らしをしたい”という、決して叶わない願いなのだ。
それを姉上様に話すのが――



――コワイ



わたくしは我慢をしている。
この暮らしに、永遠に続く悪夢のような白い牢獄での暮らしに。
大好きな姉上様と一緒に生活出来ず、限られた時間でしか会えない暮らしに。
だからわたくしの夢――“姉上様と一緒に普通の暮らしをしたい”というのを話すと、
それまで我慢して耐えてきたものが一気に壊れてしまいそうで………コワイ。

「いいわ、聞かせて。
 私、鞠絵がどんな夢を見たのか知りたいの」

でも、姉上様の頼みは断れない。
わたくしの大好きな姉上様が聞きたいと言っているのに、断るだなんて出来ない。
話すか話さないか。たったそれだけの事なのに、わたくしの思考はグルグルと渦を巻き――

「……判りました。
 あまり面白くないですが、お話します」

話す、という結論に達した。
大丈夫だろう。幾ら心が弱くても、姉上様が傍にいるののだから大丈夫。
何より、わたくしの事を大切にしてくれる姉上様のお願いを断りたくない。
自分にそう言い聞かせて、わたくしが心の中で願った願望の現われである夢の内容を話した。
最初は姉上様と一緒のクラスになって、放課後に喫茶店へパイを食べに行く夢の話。
次が雪に覆われた街で、一面銀世界になった通学路をお喋りしながら歩く夢の話。
そして温かな日、お昼休みを木陰で過ごして眠りかけたわたくしを起こしにきた夢の話を。

「へぇ〜。一緒の学校かぁ。
 私達って、歳が離れているからそういう事なかったわね」

「えぇ。わたくし、一度でいいから姉上様と一緒に学校へ行ってみたかったです」

「う〜〜ん。それは流石に無理かなぁ」

姉上様が苦笑する。

「でも、一緒に暮らすのは無理じゃないわね。
 待ってなさい、鞠絵。一緒に暮らしだしたら、夢みたいに私が起こしてあげる」

「……はい」

姉上様の優しい言葉。
その優しさが、少しだけどわたくしの心を軽くする。
反面、まるでナイフのようにわたくしの胸に突き刺さる。
わたくしは判っている。自分の身体の事――この身体を蝕む病気の事を。
この病気はもう治らない。わたくしは一生をこの白い牢獄で過ごす。
夢みたいに、姉上様が言うように、一緒の生活なんて出来ない。
わたくしには、残された時間が後僅かなのだから。

「それにしても、夢に出てきた人とか内容がねぇ。
 鞠絵の暇潰しにって持って来たゲームや小説のままじゃない」

「そうですね」

刻一刻と、わたくしの残された時間が減っていく。







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