未来地図




















1.懐かしき地を踏みしめて





人の多いロビーを歩く。
国と国を結ぶエアライン――空港。
様々な国の言葉が聞こえ、その中から聞こえてくる日本語が懐かしい。
日本を出て約1年。その間に日本語なんて殆ど聴いた覚えがない。
大体は英語。場所によってはフランスやスペイン語を使わないといけなかったが、
日本語を使う国は日本しかない訳だから、約1年の間、アタシは母国語とは無縁の生活を送っていた。
まぁ。そのお陰で外国語に関してはかなり強くなっているけど。

「……久しぶり、だね」

1年ぶりの帰国。
日本語や日本独特の雰囲気、建物。
その他、色々な日本の物が懐かしく感じる。
たった1年だと思っていたが、その1年は懐かしさを感じるのに充分過ぎる時間のようだ。

「さて。行きますか」

大きな旅行鞄を持つ。
1年分の荷物にしては少ないが、消耗品は現地調達。
仕事で使う道具や小物類しか入っていないが、それでもズッシリと肩に重さがくる。
取り合えずこの荷物をどうにかしない事には動き難くて仕方がない。
目的地までは距離があるからタクシーを使うが、その後は歩きだ。
流石にこの荷物を片手に歩き回るのは勘弁したい。
ちょっとお金がかかるが、手っ取り早くアタシの家まで送って貰うのがいいだろう。
そうと決まれば早速手続きを済ませる。

必要最低限の荷物をハンドバッグに詰め込んで、アタシはタクシー乗り場へ向かう。
空港の外に出ると、11月だというのに太陽は眩しい程輝いていて、気温も高く感じる。
昨日まで、日本よりも寒いヨーロッパにいた所為かもしれないが、正直暑い。
しかも、今のアタシの服装は黒のスーツを着崩している為、太陽熱を余計吸収する。
取り合えず胸ポケットに入っているサングラスをかけて眩しい太陽の光をシャットアウト。
そして身体全体を太陽の光から避ける為、小走りで乗り場に止まっているタクシーへ乗り込む。
「どちらまで?」という運転手の言葉に、あぁ本当に日本に帰ってきたんだなぁ、としみじみ思う。
久しぶりの日本語による会話に、アタシは口元を緩めながら目的地の名前を口にした。

「妹姫市へ」

アタシの生まれ故郷である街の名前を。






2.変わらぬ故郷





空港から約1時間。
アタシを乗せたタクシーは、都心のコンクリートジャングルを抜けて郊外へ。
タクシーの中から見た景色は、やはり1年前とは少し違っていた。
見覚えのあるビルがなくなっていたり、見覚えのない建物が建っていたり。
そんな景色を見てると、何だか浦島太郎になった気分だ。
あ、そういえば。お札の絵柄が変わっていたのも驚いた。
空港でドル札を日本札に変えた時、アタシが1年前に使っていたお札は3枚とも絵柄チェンジ。
少し違和感があるが、まぁ、その内慣れるだろう。

「お客さん。着きましたよ」

「どーも」

運転手の男性に料金を払ってタクシーを降りる。
1年ぶりの帰省。アタシは生まれ故郷である妹姫市に着いた。

「へぇ。あまり変わってないなぁ」

タクシーで降ろして貰ったのは、この街の中心にある時計台。
この街のシンボルである時計台の周りをぐるりと見回す。
人で賑わう時計広場は、1年前にアタシがこの瞳で見た景色と殆ど変わらない。
街全体的に物語りに出てきそうな、少しメルヘンチックな造り。
意外とこの街の造りは有名で、それ目当てで観光に来る人も多い。
それがあまり手が加えられていない、昔のままの姿を保っている理由のだろう。
ただ、この街の最大にして唯一の欠点として、車があまり使えない点がある。
大通りとかは車が入れるが、この時計広場から続く赤いレンガの通りは歩行者専用。
自転車ぐらいは通れるが、車やバイクは大通りとの合流地点までしか入れない。
商品を仕入れる商店街の人達や買い物に来た人には少し不便だが、
走る凶器である車・バイクがない分、落ち着いてお店を見て歩ける。
それに、そんな街の造りだからこそ、観光客も多く街全体が賑わっているのだ。

「えっと、だいたい3時か」

時計台の針を見る。
細かい細工のされた文字盤と針は午後2時50分を示していた。

「今から行くと、ちょうどいいか」

今日、アタシは人と会う。
1年ぶりに再会する最愛の人。
その人が通っている学校の授業終了時間まで後30分程。
今から向かえば、ちょっと早いぐらいの時間帯にその学校に着ける。
後は正門でその人が昇降口から出てくるのを待てばいい。

「どんな顔するかな」

実は今日帰国する事は内緒にしている。
だから当然、アタシが正門で待っているとその人は思ってもいないのだから、
突然の訪問者であるアタシにどんな反応をするのか楽しみだ。
アタシの突然の帰国に驚くだろうか、喜ぶだろうか?
それとも内緒で帰国した事に起こるだろうか?
その人がどんな反応をするのか、色々なパターンを想像しながら、アタシはその学校へ向かう。





3.色褪せないアルバム





時計台広場から山の方へ行くと、ふもとには学校がある。
幼稚園から大学までのエスカレーター式の学校で、アタシの母校でもある。
アタシは高等部を卒業と同時に今の仕事に就いたから大学の方には行っていない。
だから大体1年半振りに、アタシは母校の正門をくぐる事になる。
でも、街もそうだけど学校の造りは全くと言っていい程変わらない。
少し古びたレンガ製の正門も、正門から続く並木も、正門と校舎の間にある噴水広場も、
ヨーロッパにある古い洋館みたいな校舎も、アタシの記憶の景色と変わっていない。


キーンコーンカーンコーン


懐かしいチャイムの音が聞こえる。
否。チャイムだけじゃない、この瞳でこの耳でこの肌で感じる全てが懐かしい。
瞳を閉じれば、思い浮かぶのはこの学校での生活。
特に高等部の3年間は今までのアタシの人生で1番輝いていた。
勿論、それ以外の人生も辛い事や悲しい事はあったけど、嫌な人生ではなかった。
寧ろ大切な思い出のアルバムの1ページともいえる。
ただ、高等部の3年間はアタシにとって特別なのだ。
アタシと、アタシの最愛の人との掛け替えのない思い出の日々なのだから。

「っと、そろそろかな?」

時計を見ると、3時半。
という事は、今のチャイムは授業終了のチャイム。
あと少しで、アタシにとって最愛の人が、アタシの高校生活を宝石のように輝かせてくれた人が来る。
待ち遠しくて、待っている時間が何だかじれったくて。柄にもなくそわそわしてしまう。

「……まだ、かな」

そわそわしながら、本館の方を見る。
幼稚園から大学まで各学年の校舎があり、昇降口もそこにある。
でも、学園と外を繋ぐのはアタシがいるこの正門のみ。
そして、その正門へ向かうにはアタシが見つめている本館の方から来なければならない。
だからこうして本館の方を見ていれば、アタシが待っている人が来たか否か判る。

「………」

じっと本館の方を見る。
もう授業が終わっているともあり、多くの学生がアタシの横を通り過ぎていく。
その通り過ぎていく誰もがアタシの事を見るが、今のアタシにはどうでもいい事。
ただ、逢いたい。アタシが愛した人に逢いたい。逢って再会を喜び合いたい。
それだけなのだ。

「ふぅー」

焦る気持ちを抑え、タバコを咥える。
タバコなんて害以外の何者でもないと思っていたが、いつの間にか吸っている。
タバコを吸いはじめたのは海外生活がはじまって少ししてから。
最初は吸う度に咳き込んでいたが、今ではイライラする時や落ち着きたい時には必ず吸っていいる。

「そういえば、あの人には吸っている事話していなかったなぁ」

勿論、アタシが今から逢う人。
その人はタバコの煙とかが嫌いで健康に悪いと言っていた。
別に12人いるアタシ達姉妹の誰かが吸っていて注意した訳ではなく、その人の付き人にだ。
まぁ。その人は未成年なアタシと違ってキチンと成人しているから問題ないが、長い説教を受けていた。
子供の頃は逆に説教をしていた立場の人が正座をさせられ説教を受ける姿には笑えた。
その時の様子を思い出しながら、アタシはタバコに火をつけた。
瞬間――

「……あ」

あの人の姿を見つけた。

本館の方からゆっくりと、日本人離れした青くて長い髪を靡かせて優雅に歩く彼女。
子供の頃から少しも変わっていない、フリル付のワンピースを着込み、
まるで絵本や物語に出てくるお姫様をそのまま再現したようなアタシの愛しい人。
アタシは咥えたタバコをその場に落とし、彼女の元へと駆け寄った。
下校時間な為、多くの生徒で並木道は賑わい、同時にアタシが進むのを邪魔をする。
行き交う生徒の波を掻い潜り、アタシは噴水広場に出る。
そして、アタシはかけていたサングラスをはずして彼女の名前を呼ぶ。

「亞里亞ちゃん、久しぶり」





3.涙





「……え?」

名前を呼ばれた彼女――亞里亞ちゃんはそんな声を漏らした。
誰かに呼ばれ、誰に呼ばれたのか確かめるように声のした方――アタシの方を向く。

「……あ」

アタシの姿を見つけた亞里亞ちゃんは一瞬にして固まった。
その顔には驚きの表情が出ている。それは何に対して驚いているのか。
アタシには判る。1年振りに、そして突然のアタシとの再会にだ。
でも、それもほんの一瞬の事。
次の瞬間には、その驚いた表情が崩れ、瞳から一筋の涙が流れる。
そして、消え去りそうな声でアタシの名前を呼ぶ。

「ひな、こ――雛子ちゃんッ!」

バフッと、亞里亞ちゃんがアタシに抱きついてきた。
いきなりの事だったから驚いたけど、アタシ――雛子は亞里亞ちゃんの身体をしっかりと受け止めた。

「ぐすっ……逢いたかった、雛子ちゃん」

「アタシもだよ、亞里亞ちゃん」

アタシの胸で泣く亞里亞ちゃん。
子供の頃から泣き虫だった彼女をアタシはよく慰めていた。
彼女が大好きな飴をあげたり、面白い話をしたり。
大きくなってくると、泣いている亞里亞ちゃんをアタシが抱きしめてあげていた。
そして泣き止んで落ち着くまで、アタシは彼女の身体を優しく包み込んでいた。
今、アタシがしているように。

「何だか懐かしい、雛子ちゃんの温もり」

「1年振りだもんね」

1年前。アタシが海外へ行く前日の夜。
アタシとの別れを悲しんで亞里亞ちゃんは一晩中泣いていた。
普段は別々のベッドで寝ているのだけど、その日だけは特別。
大人になって、もう泣き虫じゃなくなったけど、彼女は泣き虫だった子供の頃そのままだった。
だからアタシは、泣いている亞里亞ちゃんを安心させる為に一緒に眠って抱きしめてあげた。
アタシにとって大切な人を、アタシが愛した人を、アタシの恋人を悲しませたくなかったから。

「……1年。そっか、まだ1年か」

ポツリと呟いて、亞里亞ちゃんはアタシから離れた。

「ん? もういいの?」

「……うん。私、もう子供じゃないから」

涙を浮かべたまま微笑む。
1年前とは違う、大人になった亞里亞ちゃんの強さの笑顔。

「そうだよね。
 亞里亞ちゃん、今日で20歳だもんね」

今日は11月2日。
亞里亞ちゃんの20回目の誕生日になる。
今日と言う日を持って、亞里亞ちゃんは大人へとなったのだ。

「うん。私、もう大人だもん。
 いつまでも子供の頃みたいに泣き虫じゃないもん」

ニッコリと笑顔。
涙も拭き取り、今度は本当に嬉しそうな笑顔を見せる。
ただ、その笑顔が子供の頃の亞里亞ちゃんの笑顔と重なって、
またそう言う彼女の口調が少し子供っぽくて、アタシも笑みが零れる。

「??? どうしたの、クスクス笑って?」

「うぅん、何でも。
 ただ、久しぶりに見る亞里亞ちゃんの笑顔が可愛いなぁって」

「もう、雛子ちゃんったら」

少し頬を赤くして、亞里亞ちゃんは照れていた。
そんな彼女の姿が余計に可愛くて、そして愛らしくてたまらない。
アタシは笑みを零したまま、照れて赤くなった亞里亞ちゃんにある物を手渡す。

「ハッピーバスデー、亞里亞ちゃん。アタシからのプレゼントだよ」

それはラッピングされた小さな小箱。
アタシが海外に滞在中に用意した亞里亞ちゃんへのバースデープレゼント。
今日、アタシが帰国したのは亞里亞ちゃんの誕生日を祝う為、そしてこのプレゼントを渡す為なのだ。





4.亞里亞さん、怒ってますよ〜





「えへへ♪ 雛子ちゃんとのデート、久しぶり♪」

亞里亞ちゃんは嬉しそうに街を歩く。
その胸元には、アタシがプレゼントした彼女の誕生石であるトパーズのペンダントが光る。

アタシ達は商店街をデート中。
プレゼントを渡し終えた後、亞里亞ちゃんにリクエストされたのだ。
元々アタシも、プレゼントを渡した後に一緒に街を歩きたいと思っていたから快く賛成。
それと、学校の敷地内という事を忘れ、先程のやり取りをした事が恥ずかしくて逃げたのだ。
ただ、亞里亞ちゃんの方は相変わらずのマイペース振りを発揮して、全く恥ずかしそうじゃなかった。

「あんまりはしゃぐと危ないよ。
 幾らこの街は車が殆ど通らないからって、人にぶつかるし」

「は〜〜い♪ 亞里亞、気をつけるの〜♪」

でも、その言葉とは裏腹に子供のようにはしゃぐ。
一人称も普段は『私』なのに、昔のように『亞里亞』になっているし。
まぁ。口調は今も昔も変わらないのんびりとしたものけど。

「はぁ。ホント、昔と全然変わってないね、亞里亞ちゃ――」

口にしようとした言葉が止まる。

今のアタシは亞里亞ちゃんとデート中。
これは彼女がリクエストし、アタシも予定していた事。
実はこれとは別にリクエストされた事があるのだが、それは腕を組む事。
別に腕を組むのは恥かしくないし、アタシが海外へ行く前までもしていた事だ。
ただ、今のアタシは子供の頃とは違って背も随分と伸び、170を軽く超える。
対する亞里亞ちゃんは160ちょっとぐらい。
腕を組んでいるが、どちらかというと亞里亞ちゃんはアタシの腕に抱きついている形だ。
当然、そんな状態だと当たるのだ、アタシの腕に。

「……ねぇ。亞里亞ちゃん」

「??? な〜に、雛子ちゃん?」

「……また、大きくなったでしょ?」

――胸が。

「ふぇ? う〜んと、少しだけ」

「………」

少しだけ? これが?
アタシは出かけたその言葉を飲み込んだ。

亞里亞ちゃんは、アタシ達姉妹の中で咲耶姐に次いでスタイルがいい。
対するアタシは大高原とはいかないが、寂しいものだ。
一応、かなり微妙だが血は繋がっているはずなのに、どうしてこう差が出てしまうのだろうか?
仕事柄、あまり胸が大きいと邪魔になるが、1人の女として恵まれたスタイルは憧れだ。

「はぁ。世の中って、平等というものは存在しないんだね」

「う〜ん。私は雛子ちゃんの方が羨ましいなぁ。
 背は高いし、ウエストは細いし、足も長くてカッコイイし♪」

「そう?」

アタシは自分の姿を見る。
髪型は高等部までは咲耶姐みたいに伸ばしていたけど、今はショートヘアー。
服装は黒いスーツを着崩していて、スカートではなくパンツだ。
高等部辺りから背がどんどん伸びて、アタシはスカートよりもパンツを好むようになった。
長くなった足には、スカートよりもパンツ系の方が合うのだ。
それに合わせ、髪形も衛姐みたいにボーイッシュにショートヘアーにした。
口調もいつの間にか今のようになっていて、気付けば下級生からは慕われ、
同級生からは憧れの的になり、上級生からはデートの申し込みが来るようになっていた。

「うん。凄くカッコイイよ♪」

「…………」

亞里亞ちゃんに言われると、何だか恥ずかしい。
アタシはその恥ずかしさを誤魔化すようにタバコを咥え、火をつけようとした。

「じーー」

そして、亞里亞ちゃんから注がれる視線に気付いた。

「な、何、亞里亞ちゃん?」

「じーー」

絶対零度――とまではいかないが、亞里亞ちゃんから冷たい視線で見られる。
さっきまで子供のようにはしゃいでいた人物と、同じには見えない程冷たい視線。
アタシが何かしたかなぁ、と内心焦っていると、亞里亞ちゃんはポツリと一言。

「……タバコ」

「……え? タバコ?」

そう言われ、思わず咥えていたタバコを――

「あ……」

しまった。
亞里亞ちゃんはタバコが嫌いだった。吸うのも、吸う人を見るのも。
アタシはいつもの癖で吸おうとしてしまって、その事を完全に忘れていた。
恐る恐る、そしてそろ〜〜っと亞里亞ちゃんの方に視線を移す。
アタシの腕を放し、彼女はニッコリと笑っているけど、その笑顔が逆に恐い。

「いい雛子ちゃん?
 タバコは身体に悪いんだよ? 癌になっちゃうんだよ?
 煙がいっぱ〜〜い出て、周りの人に迷惑だってかかるんだよ?」

亞里亞ちゃんは、腰に手を当ててお説教モードに入った。
例えるなら、琥珀さん怒ってますよ〜、と言った感じ。

「いい、雛子ちゃん?
 タバコは身体にも悪いし、周りの人にも迷惑がかかるの。
 幾ら臭いとかが抑えてあるタバコでも、服とかに臭いはつくし汚れるの。
 それにね、吸う煙より吐いた煙の方がずっと身体に悪いんだよ?
 自分がタバコを吸って身体を壊すなら自業自得だけど、他の人がなったらそれは吸った人の所為。
 他にも煙だけじゃなくて、タバコの火だって危ないんだよ?
 本人は消したつもりでも実は消えてなくて、その消し忘れで火事だって起こるし、
 歩きタバコしてる人の所為で、小さな子供が火傷したっていう事故だってあるんだから。
 後、ポイ捨て。これは空き缶やゴミにも言える事だよね。
 捨てる人達は何とも思っていないけど、街が汚れて住んでいる人達が不快になるでしょ?
 そもそも雛子ちゃんはまだ20歳じゃないんだから、法律的にもダメなの!
 だから吸っちゃダメ。メっなの。コレは私が預かるから、持っているタバコ全部出して♪」

「りょ、了解」

渋々、持っていたタバコを全部提出する。
琥珀さん――もといお説教モードに入った亞里亞ちゃんに逆らうのは無謀だ。
一度逆鱗に触れたら、そののんびりとした口調から一変、
毒舌マシンガン(寧ろガトリングガン)トーク――お説教only――のスタートだ。
アタシはその被害を受けた事はないのだが、過去にじいやさんが受けていたのを見た事がある。
その時のじいやさんの姿と言えば……………思い出すのも色んな意味で辛い。

「そういえばぁ。
 時計台広場もそうだったけど。この辺の町並みも1年前と変わらないね」

ぐるりと、辺りを見回す。
時計台広場同様、この辺りの町並みも変わっていない。
黒いアスファルトじゃない赤いレンガが敷き詰められた通りも、
その通りの両サイドに建つ少しメルヘンチックなお店の数々も、
この街の人々と観光客で賑わう商店街の姿も、1年前と全く変わっていない。
勿論、多少の違いはあるけど、それは記憶の修正範囲だ。

「うん。そうだね。
 私達が子供の頃から、殆ど変わっていないもん」

「だね。まるでこの街だけ時の流れが違うみたい」

いつまでも変わらない町並み。
それはアタシが海外へ旅立つ前から、アタシ達が子供の頃からずっと変わっていない。
まるでこの街だけが外の世界と時の流れ方が違う、別の世界に存在する場所のように。

「小さい頃は、この街が絵本に出てくる街みたいで一日中探検したよね」

「うん。手を繋いで。
 雛子ちゃんが私の手を引いてくれたよね」

小さい頃のアタシ達は、このメルヘンチックな街がまるで絵本の世界のように思えた。
この道を行けばシンデレラの世界へ行けるとか、こっちの道に行けばピノキオに会えるとか。
森の方へ行くとお菓子の家があるとか、海の方へ行くとフック船長の海賊船が泊まっているとか。
幼い故、そんなメルヘンチックな想像を無限に広げていったものだ。

「そして決まって迷子なるんだよね、アタシ達って」

「そうそう。雛子ちゃんがあっちこっち行くから。
 自分達がどの道を通ったのか全然判らなくなって……私、泣いちゃったよね」

まるで不思議のアリスのように、アタシ達は迷い込んでしまう。
そうなると亞里亞ちゃんは恐がって泣き出して、アタシは彼女を慰めながら帰り道を探す。
でも、歩けば歩く程道が判らなくなって、次第にアタシも涙が出てきそうになる。

「うん。それでアタシも泣きそうになって。
 もうダメって思った時、いつもアタシ達を導いてくれたのって、この時計台だよね」

アタシは、時計台の方に視線を移す。
亞里亞ちゃんと昔の思い出話を話している内に、ここへ着いたのだ。
アタシと亞里亞ちゃんにとって、1番の思い出の場所――時計台広場に。





5.約束の時計台





「この時計台の音って、街のどこにいても聞こえるから、
 その音が聞こえる方に向かって歩けば必ずここに辿り着ける。
 迷子になった時、いつもこの時計台の音を頼りにこの広場に出たよね」

1時間毎に鳴る時計台の鐘の音。
その音色は待ちのどこにいても聞こえる。
それはこの時計台の音がこの街全体の時報になっているからだ。
だから、迷子になってもこの時計台の鐘の音のが聞こえてくる方向に歩けば、必ずここに着く。
それはまるで迷子になった子供を呼ぶ母親の声のように、迷い人を導いてくれる。


カラーンカラーン


時計台の音が鳴る。
時刻はもう4時になっていた。
鐘の音とともに、文字盤の仕掛けが動き出す。
周りを見ると、その仕掛けを見ようと集まってきた人がたくさん。

「いい音だね。それに懐かしい」

ポツリと亞里亞ちゃんが呟く。

「ん? 亞里亞ちゃんは毎日聞いているでしょ?」

寧ろ懐かしいのはアタシの方。
この街に帰って来たのは約1年ぶり。
だからこの時計台の鐘の音も1年ぶりに聞く。
一応、帰って来たのが3時前で聞いてはいるのだけど、
その時はこの広場にいなかった為、こうして直接仕掛けが動くのを見ながら聞いていない。

「うん。でも、雛子ちゃんとこうして聞くのは1年ぶりだもん。
 だからね、私も雛子ちゃんと一緒で凄く懐かしいの」

「……そうだね。
 最後に2人で来たのは、アタシが旅立つ時か」

最後に2人でこの時計台の音を聞いたのは、アタシが旅立つ時。
空港までお見送りをしたいという亞里亞ちゃんのお願いを、アタシは決心が鈍るからと断った。
でも、せめてこの広場まで一緒に行きたいという彼女のお願いは断れなかった。
子供の頃は迷って随分時間もかけて漸く辿り着いた時計台広場。
大人となったアタシ達には、とても短い時間で辿り着けてしまう距離。
それはアタシ達が成長していったのだと、改めて感じる事が出来たけど、
この時のアタシ達は、子供の頃のように何時間もかけて辿り着きたかったと思った。
少しでもいいから、時計台広場に着くまでの短い距離だけでもいいから、
その分の時間だけ、2人だけの想い出を作っていきたいと思ったから。

「ねぇ、雛子ちゃん」

「ん? 何?」

「あの時の約束……
 雛子ちゃんが旅立つ時にした約束、まだ覚えてる?」

じっと、アタシを見つめる。
期待と不安。その両方が混ざり合った瞳で。
雛子ちゃんなら覚えていてくれるはず。
でも、1年も前の事だからもしかしたら忘れているかも。
そんな2つの想いが亞里亞ちゃんの中で渦巻いているのだろう。
アタシはその中の不安という渦を取り除く為、そっと行動に移った。

「……ぅんっ」

柔らかい感触が唇に当たる。
その柔らかい感触というのは亞里亞ちゃんの唇の感触。
アタシは、答えを待つ彼女の唇に口付けを交わした。
彼女の問いかけに対する、アタシの答えとして。
突然のアタシの行動に亞里亞ちゃんは一瞬目を見開いて驚くが、
ゆっくりと瞳を閉じて、その柔らかい身体をアタシに預け、甘い吐息を交換し合う。
瞳を閉じると、伝わってくるのは亞里亞ちゃんの唇の感触だけ。
周りの人々のざわめきや時計台の鐘の音は、もう耳に入らない。
ただ思い浮かぶのは、1年前の事。



『ねぇ。雛子ちゃん』

『うん? 何?』

『1つだけ、お願いしていい?』

『何? 言ってみて?』

『………私の事―――
 亞里亞の事、本当に好きなら……雛子ちゃんが帰って来た時……キス、して』

『キス?』

『うん。だって、私達、恋人同士なのにキスした事ないから』

『……そうだったね』

『だからお願い。
 雛子ちゃんが帰ってきて、その時……私の事まだ愛してくれていたのなら……』

『うん。判った、約束する。
 何年先になるか判らないけど、何年も離れ離れになると思うけど。
 アタシはずっと亞里亞ちゃんを愛し続けるから。アタシが帰ってくるまで待ってて』



時計台の鐘の音が鳴る中、アタシと亞里亞ちゃんは約束を交わした。
そして1年後の今、あの時と同じように時計台の鐘の音がなる中、その約束を果たした。

「…んっ。
 さ、帰ろう、亞里亞ちゃん。アタシ達の家へ」

「うん♪」








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